OBR1 −変化− 元版


063  2011年10月02日04時


<坂持国生>

 
 膨大な文字数となり、何度も何度も書き直した国生の文章(中川典子に対する恋心については、もちろん伏せた)を読み終えた鮫島学がふっと息をつき、スケッチブックに<七原秋也って、アメリカでホールドアップ、ギャングに殺されたって、ネットには出てた>と書いた。
 話の本筋とはいささかずれた間の抜けた言葉だったが、このような重い話を聞いたときの反応は、えてしてそんなものだ。
 苦笑しながら<オーバーに伝わったんじゃないかな>と書いて返す。
<じゃ、お前、今反政府活動に関ってるのか?>
 学の書き文字が、唐突に本筋を突く。
 迷ったが、<NO>と書いた。
 その書き文字のとなりに怪訝な表情で<?>と学が並べた。

 また長くなるなと思いながら説明を続ける。
 実はまだ、反政府活動グループと引き合わせてもらっていない。
 それは、中川典子が「中学を卒業してからでも遅くない」と言ったからだった。
 さらに彼女は「その間に思いが変れば、やっぱり普通に暮らしたいと思えば、それはそれで正しい道、ぜんぜん間違ってなんかないのよ」と言っていた。
 これに、国生は首を大きく振ったものだ。

 ただ、いくつかの情報は得ていた。
 プログラム制度について、一般的に発表されていること以上の情報。戦略上必要なデータ取りとされているプログラムの裏側。
 首輪に盗聴器が仕込まれていることも、そのときに教えられた。
 坂持国生。
 父親はこの名前を付けるとき、「国のために生きろ」という願いを込めたらしい。
 国粋主義者だった父親らしい命名だった。
 父さん。
 国生は思う。
 父さん、俺、国のために生きるよ。……だけど、何を「国のために」とするかは、俺と父さんとでは違う。俺は、国のために、プログラムをぶっつぶすために、生きる。そして、死ぬ。

 迷ったが、国生はこの想いをスケッチブックに書いた。
 学は、書き進める国生の字を目で追いながら、途中茶化すような表情をし、次いでその表情を引き締め、最後には真剣な表情を見せた。
 そして、<似てたんだな>と書いてよこした。
 どういう意味か掴みかね、国生は学の顔をまじまじと見つめた。
<俺もお前も、この国の政府を破壊したいと思っていた。まぁ、俺は思ってただけで何もしてなかったんだけど。あとさ、お前に比べりゃ小さな理由だけど、俺も親を恨んで嫌悪してた。そういうところが似てたから、俺、きっとお前のこと気に入ってたんだ>
 友情について語るなど、およそ彼のキャラクターにない言葉だったため、ひどく驚いた。
 さらに大きな矛盾点に気がつく。
 たしか学は、強制キャンプ送りになっている父親のことを尊敬していたはずだ。
 父親をキャンプ送りにした政府のことを恨んでいる、そんな学だからこそ、国生は中川典子のことを話したのだ。

<尊敬してたんじゃ?>
 思ったままのことを書くと、<父親じゃなく母親>という答えが返ってくる。
 母親?
 疑問は解けたが、じゃ、どうして母親のことを嫌ってるんだという新たな疑問がわく。
 しかし、これに学は答えなかった。


 多少ギクシャクした場の空気を変えたのは、探知機だった。
 脇に置いてあった探知機に何気なく目を落とした国生が、小さく叫ぶ。
「誰かっ」
 探知機の中央には、二つの青い点滅。国生と学を示す光りが灯っている。
 そして、画面の右上のあたりに別の点滅が二つ、灯っていた。
「生存、者だ」
 学が唇を舐める。探知機に新たに反応した点滅、それは生存者を示す青い光りだった。



 結局、国生らがいた部屋の窓からは見えず、別の二階の部屋の窓からその二人を確かめることとなった。
 4、50メートルは離れているだろうか、住宅街の中、慎重な足取りで進んでいる一組の男女。
 月明かりにその姿が浮かび上がっていた。
 その組み合わせの妙にも驚いたが、学と国生の視線は男のほうに釘つけとなった。
 遠目で今は確認しずらいが、その長めの前髪の下には決して大きくはない切れ上がった瞳が座り、普段は皮肉めいた笑みが浮かんでいる薄い唇が座っているのだろう。
 それは、学が日頃から親しくしていた、学ほどではないが国生もそれなりに親しくしていた、野崎一也の姿だった。

 その進路からして、そのまま放っておけばこの家の前を通る事なく彼らはどこかに行ってしまう。
 瞬間的に「声をかけよう」と思ったが、一也と一緒にいる羽村京子のことが気にかかった。
 素行の悪さで有名だった羽村、なんで、あんな女と一緒に?
 野崎はプログラムに乗っているのか? いや、まさかあいつが……。

 学の顔を見つめる。
 野崎とはそれなりに交流はあったけれど、俺が普段一緒にいたのは写真部の中村靖史や藤谷龍二だ。
 俺には判断つかない。
 けど、鮫島は野崎一也と仲がよかった。どうなんだ? 野崎はどうなんだ?
 無言の質問を受けていることに気がついた学が、「そういや、一也って羽村と近所らしいぜ。小学校の時はけっこ仲が良かったって言ってた」と答え、そして「大丈夫だ。あいつのことはよく知ってる。少なくとも好んでゲームに乗れるようなヤツじゃない」と続ける。


 国生は驚いていた。
 歴史の波。
 また、歴史の波が立った。
 羽村京子の存在がこれからどう影響するのかは分からないけど、野崎一也は思想統制院にあげられた経験から少なからず反政府心を持っていると聞く。
 探知機の存在が大きいとはいえ、そんな野崎とプログラム会場で再び会うことが出来た。

 もちろん、典子さんの話は誰にでも出せるものじゃない。
 該当するスケッチブックのページをちぎり、羽村京子には情報を抑え目にしなくてはいけないだろう。
 だけど、野崎なら。政府への憎しみを持っている野崎なら。この冷めたペシミストが「大丈夫だ」という野崎なら。全てを話してもいいだろう。

 俺の、「目的」が果たされようとしてるんだ。
 プログラムに巻き込まれるまでは、自分がこの国を変えるんだと思っていた。
 そうすることが、父親が殺してきた生徒たちへのせめてものはなむけになるのだと思っていた。
 それが俺の生きる目標だった。
 だけど、プログラムに巻き込まれ、その目的は軌道修正を余儀なくされた。
 襲ってきた楠悠一郎を倒し、探知機を入手したことでより具体化した目的は、俺の想いをクラスメイトの誰かに告げることだった。
 典子さんのことは鮫島じゃないと話せたものじゃなかったけど、俺が俺自身に流れている血を呪い、戦おうとしていたことを誰かに知っていて欲しかった。
 この国が間違っていることを誰かに刻み込んでいたかった。

 そして、叶うならば、その想いをその誰かに受け継いで欲しかった。

 脱出なんて有りえない。
 言葉には出さないけれど、鮫島もそのことはよく分かっているはずだ。
 たとえ、外国のメディアや人権団体、政府が動いてくれたとしても、一日や二日で劇的な変化が訪れるはずもない。
 きっと、このプログラムでも誰か一人が生き残るのだろう。
 それは、俺か? いや、そんなことがあるはずがない。

 俺は運命論者なんかじゃ、ない。
 だけど、分かるんだ。俺はきっと、このプログラムで生き残れない。
 体が弱いから? 違う。だって俺は、プログラム担当官の息子なんだもの。
 歴史の波が、どんなものかはよく分からないけど、きっとカミサマのようなものだと思う。カミサマがどんなものか、俺は知らないない。正直、今まで信じてもいなかった。

 けど、もしカミサマがいるのなら。もし、そんなものがこの世に存在するのなら。
 俺が生き残ることを許すはずがない。だって、この身体には罪深い「坂持の血」が流れているのだから。
 俺は、きっと中継点だ。何かと何かを結ぶ中継点だ。
 何かを繋ぐために、俺は、坂持家に生まれ、川田章吾の住んでいた神戸に来、典子さんに出会い、そして、プログラムに巻き込まれた……そうなんだろ?
 もちろん、死にたくなんてない。
 自分がこの世から消えてなくなるだなんて、ぞっとする。だけど、だけど……そうなんだろ?

「面倒だな」
 苦笑とともに、学が言う。
 これに、同じような笑いを返しながら国生は答えた。
「ああ、面倒だね」
 たしかに、学や国生がしようとしていることや自分たちが掴んでいる情報を改めて彼らに伝えるのは、ひどく面倒なことだった。
 学が、持っていたペンでスケッチブックの紙上をとんとんと叩く。
 そこにはこの数十分で国生が書いた、あらかじめ学が書いていた様々な事柄がすでに書かれている。
 スケッチブック、大活躍。
 冗談めかした思考をした後、学からペンを受け取り<どっちが迎えに行く?>と書く。

 わざわざ筆談にしなくてもいい内容だった。そこをあえて書いてみた。
 学がニヤリと笑う。国生も笑った。



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