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058
2011年10月02日03時 |
<木田ミノル>
あまりの痛みに声も出なかった。
ただ、腐葉土の地面を転げまわり、声にならない叫びをあげ、杭状の矢が刺さった腹部を両手で押さえつけた。おびただしい量の出血。あたりに漂い始める血の香り。
一度、大量の血を吐き出した後は、ごぼごぼと口元から泡の混じった血が流れ続けた。
狂おしいほどの痛み、出血。
しかし不思議なことに冴え冴えと思考を続けることが出来た。
なんで? なんで、俺はこんなことを?
分からなかった。
どうして自分が飛び出したのか。そのまま放っておけばトラップにかかる三井田を止めようとしたのか。それに、やり方は他にもあった。ただ三井田が足を進めるのを止めれば、それでよかったのだ。自分の命までを落とす必要性など、なかった。
……命を落とす?
ああ、そうだ、俺は死ぬんだ。
わずかの時間のうちに痛みは、身体は、すでにミノルからは別の次元のものとなっていた。
呆然と立ちすくむ政信のそばで、ミノルの身体は地面を転がり潅木を押し倒す。その姿を、ミノルの思考は、他人事のように見ていた。
野本はトラップにかかって即、死んだようだった。
なんで? なんで、俺には死ぬまでの時間が、ある?
「ぐ……、が」
喉は、声帯はまだ生きている。
これは……、誰かが俺に時間をくれたのか? 何かを為す時間をくれたのか?
「頑張る理由? そんなの、決まってる。アタシはね、アタシのやりたいようにやるの」すでに死んだ筒井まゆみの声。
やりたいこと、やりたくないこと。
そう、俺は、もうゲロを吐きたくなかったんだ。クラスメイトの死体の上にゲロを吐きたくなかったんだ。
けど……。
やりたいこと。
俺はまだ生きていたかった。
クラスメイトを殺して、それをそいつのせいにして。
卑怯でも卑屈でもいい、それでも生きていたかった。
「つつ……い……」
すでに身体から力は抜けていた。
うつ伏せになっていた身体を必死で動かして仰向けの体勢を取る。
両眼をこじあけようとするが、うまくいかなかった。かろうじて、左眼だけを力なくあける。何かが離れようとしている。何かが自分から離れようとしている。
「危ないって、危ないって、どう言うことだよっ! お前、まさか……」
三井田が何かを言おうとしている。
慌てふためいた三井田の顔。
くすり。得意の自虐めいた笑みをミノルは浮かべた。
おい、お前らしくもない。お前はもっと嫌味なぐらい……、そう、ゆるく構えていてくれよ。
筒井の強さが羨ましかった。三井田の肩の力が抜けた生き方が羨ましかった。
俺は羨ましかったんだ。
それに、違う、違うよ、三井田。
俺はお前のことなんて救おうとしちゃ、いない。だって、このトラップを仕掛けたのは俺なんだから。俺が救おうとしたのは、お前を殺した後の俺なんだから。ゲロを吐くはずだった俺なんだから。
かすむ視界、政信は呆然としていた。
左手をあげ政信に向けようとしたら、あがらなかった。
……そうか、も、そんな力もないのか。
最期、最期。俺は何を言いたい? 何を残したい?
やりたいこと。
「ぐ……」
声はまだ、出る。やりたいこと、やらなければならないこと。
俺は、最期に何かを残したい。何かを言いたい。俺の死を気にするな? お前は生きろ……? 冗談じゃ、ない。そんなの俺らしくもないし、三井田にそんな義理はない。
なら、なんだ?
「チク、ショ、お前のせいだ……ぞ」
そう、これだ。これが、俺らしい。
勝手に死んでおいて無茶な因縁をつける。責任を負わせる。
三井田にとっちゃ、たまったもんじゃないだろう。でも、誰かには自分の死を刻み込んでいたかった。自分の死に責任を感じていて欲しかった。
俺は楠さんのパシリだった。みんなみんな、俺のことを軽く見てた。
施設で育った俺には親はいない。帰りたいけど、俺の帰りを待っていてくれる人なんていない。
だからさ三井田、しばらくでいいから俺のこと覚えてて……。俺の死に責任、感じてて……。
思う。
ああ、俺は最期の最期まで……。
チクショウ、卑怯で卑屈で情けない、かっこわりぃ俺の人生。ほんとは、ここで死ななくてもよかったんじゃ? 別の道があったんじゃ? ほんと、ああ、チクショウ。ろくなもんじゃ、ない。
三井田、このろくでもない時間は俺たちのせいじゃない。
俺は野本たちの死体にゲロを吐いた。お前は俺の死体にゲロを吐くな。俺の死は、お前のせいじゃないんだ。
そう言えばよかったのか?
いや、そんなの、俺らしくないし、そんなこと、言えない。
飛び出さなきゃよかったのか?
三井田が死んだ後、武器を奪って他の誰かを殺して……、でも、そしたら、俺はまた吐くはめになる。窓の外を怖がるはめになる。
嫌、だ。
俺はもう、吐きたくないんだ。筒井、俺はもう、吐きたくなかったんだ。
ああ、かっこわりぃ。
よく分からないうちに飛び出して、勝手に死んで……。ほんと、かっこ、わりぃ。
……でも、でも。俺は、も、吐かないですむ、ん、だ……、な。
と、薄いベールがかけられたようになっていた視界が一瞬、開けた。
仰向けの体勢のため木々の隙間に夜空が見える。
折り重なった葉の先に煌めく星々。つい先ほどまで空を覆いつつあった薄雲は、いつのまにか風に流されたようだった。その背に感じるのは、地面に流れ落ちた血、血溜まりのべっとりとした感触。
再び、ミノルをベールが覆う。今度は深く、濃く。
そして、自らの血の感触を最期の知覚とし、木田ミノルは事切れた。
<木田ミノル死亡。残り18人/32人>
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木田ミノル
不良グループの使い走りをしていた。香川しのぶを殺害。
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