OBR1 −変化− 元版


056  2011年10月02日03時


<木田ミノル>


 時計の針は、三井田政信が野本姫子の死体からネクタイを抜き取り形見分けとしたその10分ほど前に戻る。
 雑木林の中、木田ミノルはその華奢な身体を震わしていた。
 中背のひょろりとした体躯に、にきび痕が目立つほほ、二重のはっきりとした瞳、額に落ちる前髪。その全てに大きな恐怖感が張り付いている。
「俺のせいじゃない、俺のせいじゃない、俺のせいじゃない……」
 繰り返す言葉。
 つい何時間か前にスピアトラップにかけ殺した野本姫子の死に顔が頭をよぎりつづけ、気が狂いそうだった。

「おっ、おれのせいじゃっ」
 髪を振り乱し頭を抱える。そして、頭髪の間に左右の五指をわけいれガリガリと掻き毟った。
 俺のせいじゃない、おっ、俺は悪くない。俺は悪くない。野本が死んだのは俺のせいじゃ、ない。勝手に死んだアイツが悪いんだ。勝手に壊れたアイツが悪いんだ。
 そう、俺は悪くないんだ……。

 ミノルは腐葉土が積もった地面に座り込み、直径50センチほどの木の幹に背を預けていた。
 野本姫子の死体からは10数メートルほどの距離となる。目の前に生い茂るナイフのような葉、熊笹の群生の向こうに彼女の死体があるのだ。
 本当は、姫子の死体からもっと離れたかった。
 だが、もともと陣地としていた辺りには、すでに複数の鳴子やトラップが仕掛けられており安全度は高い。
 身の安全と恐怖心を秤にかけた結果、留まることとした。
 ……恐ろしさゆえ、多少の移動はしたのだが。


 と、鳴子が落ち、盛り上がった木の根に当たり乾いた小さな音を立てた。
「ひっ」
 飛び上がりそうになった心臓を抑えつけながら、震える手で地面に置いていたサバイバルナイフを取り上げる。
 静寂の中、誰かが藪を歩く音がした。
 少しずつ近付いてくる草を掻き分ける音。その音にあわせて、ミノルの心臓のマーチもボリュームを上げていった。
 さきほど落ちた鳴子は、接近者を知らせるために設置したものだった。野本姫子がかかったものの他にも複数設置されている、スピアトラップに結びつけた鳴子ではない。
 再び、思う。
 野本姫子は、俺が殺したんじゃ、ない。あれは、野本が勝手に罠にかかって勝手に死んでいったんだ。
 俺のせいじゃ、ない。俺のせいじゃ、ない。
 相手が罠にかかり命を落としたのなら、それは自分の責任ではない。向こうが「勝手に」罠にかかり、「勝手に」壊れてしまったんだ。
 そう、それは俺のせいじゃ、ない。それは、罠に勝手にかかったソイツの責任だ。

 自分がとても卑怯な考えをしていることは、承知していた。
 誰がゲームに乗っているかは知らないけど、銃を持って刃物を持って戦っている連中は、まぁ、誉められてた行動ではないけど、正々堂々と自分の力で自分の責任でやってる。それにひきかえ、俺は……。


 ここで「わっ」短く切った声がし、ミノルはビクリと肩を上げた。
 近い。どうやら「誰か」は、鳴子を落とした後、さらに近付いてきているようだ。
 遅れて、その誰かはどうして声を上げたんだろうと思った。スピアトラップにつけた鳴子は落ちていない。なら、トラップにかかった悲鳴ではない。
 そうか。
 一人、うなづく。
「野本……」
 野本姫子の死体を見つけられたのだ。
 落ちた鳴子が陣地の西側、野本姫子の死体がある方向からの接近者を示していることからも、その予測は妥当だと思えた。
 (鳴子は、近付いてくる者の方角が分かるように複数設置していた)
 まずい。
 下唇を噛む。
 死体は接近者に余計な警戒心を抱かせることになる。死体の具合から罠が仕掛けられていることは察知されるだろう。



 音を立てないよう細心の注意を払いながら、ミノルは近付いてきたその誰かが留まっていると思われるあたりへと足を進めていた。
 怖くて怖くて、本当はその場から逃げだしたかった。
 しかし、接近者が誰であるか確かめたいという思いがミノルを動かした。
 ミノルは、基本的に臆病で怖がりなのだが、「怖いもの見たさ」という感情を制する事が出来ない性分だった。だからこそ、野本姫子がトラップにかかったときも確かめずにはいられなかったのだ。
 ホラームービーやミステリー小説が好き。その種のテレビゲームもよくやった。
 夜眠れなくなるのに、そう思いながらも目にしてしまう。
 どうしてだろう? ずっと疑問に感じていた。
「なんで……」
 なんで、俺、近付いていってるんだよ、逃げりゃいいじゃん、逃げりゃ。逃げりゃ、でも……。
 今日もまた答えは出ず、ミノルは進む。

 数メートルほど進むと、藪の先にぽっかりと開けた空間が見えた。
 あの辺りに野本姫子の死体があるはずだ。
 月が雲に隠れつつあるのと折り重なった梢が邪魔をしていることがあってあたりはひどく暗いが、ずっと暗がりにいたせいもあってミノルは夜目が利くようになっていた。
「み、三井田……?」
 藪が邪魔をして切れ切れにしか見えないが、数メートル先に立つ特徴のあるひょろりとした身体は視覚できた。
 服装は制服のまま。ディパックを背負い、頭にはターバンよろしくタオルを巻いている。

 背筋に冷たいものが走る。
 敵うわけがない。そう思った。
 三井田政信はバスケットボール部に所属し運動神経もよかった。また一見ひょろりとした身体だが、体育の着替えなどで目に留めた限りでは鍛えた身体をしていたように思う。
 ……でも。乗っていないかも、しれない。
 そうだ、三井田みたいなゆるいヤツがゲームに乗るだろうか?
 と、ここで、ミノルはさらに息を呑んだ。
 野本っ! そうだ、野本、姫子。
 三井田と野本は付き合っていた。別れた後も気兼ねない付き合いをしているように見えた(別れた後も普通に付き合えるってのは、ちょっと俺には分からない感覚だけど)。
 もし、俺が野本を殺したということがバレたら?
 血の気が引き、足元が揺らいだ。

 先を動かした拍子に木の枝を踏んでしまい、音が立った。
 跳ね上がった心臓、口から飛び出て大音量のマーチを奏でようとする心臓を必死で抑えつけながら、身体を沈め中腰の体勢を取り、藪の中に身を隠した。
 これ以上ないぐらいに心臓のポンプが動いている。手だって震える。じんわりと額に汗が滲み、喉がからからに乾いた。
「ああ、もう」
 自分の気の小ささに半ばあきれ返りながらミノルは様子をうかがい……、さらに恐怖心を増した。
 こっちを向いている!

 震える。震える。震える。
 身体が震えた。
 怖い、怖い、怖い。
 恐怖心がミノルを覆った。
 大丈夫? まだ気付かれていない?


 そして、気付く。
 自分の目の前、2,3メートル先の樹木の枝が折られていた。
 あれは……、俺が作ったトラップの目印だ。
 目印の下には、釣り糸の「ライン」が張られていて、その先に、弓矢の形状をしたスピアトラップがある。
「もしかしたら……」。
 矢の直径は太く、スピアトラップという名前が現す通り、槍に近い形状をしている。杭といってもいいのかも知れない。 矢は引き絞られた弓にセットされており、弓には釣り糸が結び付けられ、設置されたトラップ付近の樹木の下生えを使い「ライン」を張っている。
 そのラインに獲物が引っ掛かると、矢が発射され串刺しにされるのだ。

 ごくり。震える喉に唾液を通す。
 もしかしたら、勝てるかも、知れない。

 政信とミノルとの距離は5,6メートル。ラインは、その中間にあった。



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バトル×2
木田ミノル 
不良グループの使い走りをしていた。香川しのぶを殺害。