<野崎一也>
また、一呼吸置いて発せられた「しかも、あたった!」という言葉にもう一度驚かされた。見ると、たしかに龍二が太もものあたりを抑えながら崩れ落ち、深い茂みの中に消えていくところだった。
銃弾があたったんだ!
一也が唖然としていると、「やっぱ、あたしってついてる」京子が座り込んだ体勢のまま、右手を一也のほうにあげてみせ、軽くウインクしてよこした。
その手にあったのは、コンバット・マグナム。
先ほど京子とぶつかった拍子に落としてしまった一也の支給武器だ。
どうやら、倒れこんだ拍子に見つけたらしい。
京子はコンバット・マグナムを見つけたことを指してそう言ったようだが、一也には彼女の撃った銃弾が藤谷龍二に命中したことが、信じられない僥倖(ぎょうこう)のように感じた。
また、この切迫した状況下、ウインクなんてものを出せる京子の胆力に驚かされていた。
と、藤谷龍二が滑り落ちた茂みのあたりから銃音が聞こえ、一也のすぐそばで樹木の枝葉が飛び散った。
「まだっ」
一也は思わず短く切った悲鳴をあげていた。
まだ、藤谷は戦意を喪失していない!
京子の判断は素早かった。
無言で立ちあがり、「ついて来たいなら、ついて来な!」と一也に一言、駆け出す。
一瞬迷ったが京子の後を追った。
林道から外れ、藪の中を駆け、坂を登り、下る。
どうやら彼女はこのあたりの地形に詳しいようで、迷いなく駆けていた。
しばらく駆けていると唐突に視界が開けた。
薄く水気の匂いがする。
何かと思えば、澤だった。落ち込む斜面の先、浅い澤が見下ろせた。
「走りにくいだろうけど、しばらく川ん中を行くよ!」
ざざざと音を立て、京子が斜面をすべるように降りる。
一也も意を決し、下り勾配の斜面のあちこちから降りかかるように生えている熊笹をかきわけ、潅木の枝木で身体を保持しながら追走した。
*
澤は幸い下流にあたるようで、大岩が少なく、極度に進みにくいということはなかった。
水しぶきをあげ、途中、水苔のぬめりに足をとられながらも一也と京子は駆け、やがて、脹らむようにカーブした川べり、砂利石がたまった川原のような場所にたどり着いた。
月明かりの下、水流の穏やかな音を掻き消すように、一也と京子の激しい息使いだけが響く。
振り返り様子をうかがったが、藤谷の気配は感じなかった。どうやら撒けた(まけた)ようだった。
川原にディパックを置き、その上に座り、川の水に濡れそぼったズボンの裾をしぼる。
あたりを見渡すと、澤の両側は草木に覆われた高さ10メートルほどの斜面になっていた。
「あ、ありがと」色々と聞きたいこともあったが、とにかく助けてくれた御礼を言う。
これに、「ああ、別にいいわよ。助けてやったお代にこの銃を貰うし」川原に仁王立ちしたまま、さも当然のように京子が言ってのける。
一也が驚いた顔を見せると、「なに、文句あんの?」とすごまれてしまった。
なんだか、風向きがおかしくなってきたぞ……。
激しく動揺する一也。
しかし、京子は一也の銃を返すつもりはないようで、その後も半ば脅しつけながら、予備の弾丸や鬼塚手製の説明書を奪っていった。
川原には組木をして火をつけた跡があった。
割合古いように見えるので、おそらく他のクラスメイトのものではない。角島(つのじま)の島民か、訪れた観光客がここでキャンプでもはったのだろう。
家族連れ、時間の有り待っている大学生グループ。
誰でもいい、とにかくキャンプが起こされたときには、平和な光景が広がっていたのだ……。
一也は両親のことを思い出していた。
ふた親とも仕事を持っており、土日も関係なく多忙を極めていた。
家族揃って食事を取ることも希だったし、どこかに遊びに連れて行ってもらった記憶も少ない。
でも、当たり前の愛情を注いでくれていることは伝わってきていた。
中学の一年から二年にかけて、反抗期を迎えたとときは、それなりに冷戦熱戦が繰り広げられたものだが、最近ではトーンダウンし穏やかな家族関係を保てていたのだ。
ふっと思う。
うちに、帰りたいな……。
「これからどうすんの?」
京子が強引に話を進め、思索する一也を現実に引き戻した。「どうするって……」
「よく分からないうちに一緒に行動したけどさ、あたしと組む気あんのかってこと。ぶっちゃけ、あたしは組んでもいいかなって思ってる。あたし、バカだからよくわからないけど、その方が長く生き残れるような気がするんだ」
「……でも、なんで俺を信用するんだ?」
それが疑問だった。
京子とは家が近く、小学校時代はそれなりに親しくしていた。
そう、まったく知らない仲というわけではない。しかし、中学に上がった頃から京子が荒れはじめ、最近は付き合いを失ってしまっていたのだ。
「カン」
「はっ?」
あまりにシンプルな京子の答えに、一也が疑問符を投げ返すと、京子は「小学校のころのあんたを思えば大丈夫かな、って思う。ただ、それだけ」と補足してきた。
どうやら、小学校の頃のことを思い出していたのは一也だけでなかったらしい。
京子が長い髪をかきあげたあと、平たい形をした大石の上に悠然と座り足を組んだ。
そして、「先に言っとくけど、あたし、生き残るからね。そのためにはクラスメイトを殺しても構わないと思ってる」こんなことを言いだした。
これに驚き、京子の顔を見つめていると、
「藤谷みたいなゲームに乗ってるバカだとか、日頃から気に入らなかったヤツは容赦しないよ。見つけたら、即、殺す。でも、あんたみたいな人畜無害なヤツを今から殺してもつまんないし、後味悪いしね。そういうヤツにはせいぜい自滅してもらう。で、残り少なくなったら……」京子はそう言い、言葉をとめた。
「残り少なくなったら?」
その後何が続くのか、推察できていたが訊かずにはおられなかった。
「殺して回る。とにかく、最初から無差別にってのはあたしの趣味じゃないんだ」
一也からしてみれば、どの時点からプログラムに乗っても同じようなものに思えたが、彼女には彼女なりの理屈があって、それに沿って行動しているらしかった。
とうてい同意はできない思考。
しかし、結局は命欲しさにゲームに乗ってしまいそうな自分と比べると、今の段階からはっきりと方針を打ち立てている京子はいっそ潔いといえるのかもしれない。
「ああ、藤谷をやっつける絶好の機会だったのに、思わず逃げちまったよ」
本当に悔しそうに顔をしかめる京子を見ながら、一也は「こいつ、嫌いじゃないかも」と、クスリ、笑みを漏らした。
状況が状況、また彼女の考えている事柄も誉められたものではなかったし、銃を奪われてしまったことには不満を感じる。
しかし、そのはっきりとした物言いは決して気に食わないものではなかった。
もっと言えば、一也の好きなタイプの人間だった。……ことが人殺しでさえなければ。
「分かった。組むよ」
日頃の京子の素行の悪さや、先ほど聞いた方針など、色々と躊躇を感じる要因もあったが、とにかくそう答えておいた。
「よし、じゃ、この銃を使いな」
答えた一也に、京子は例の銃身がL字型に曲がった銃を投げてよこした。
受け取ってみると、予想以上の重さに驚かされる。
銃をまじまじと見つめながら「てっきり、暴発するかと思った……」正直な所を話した。
すると、京子はくっくと含み笑いをし、「ああ、これ。ほんとに暴発しないとはねぇ、あたしもびっくりだった」ディパックからレポート用紙を取り出し手渡してきた。
一也の支給武器だったコンバット・マグナムについていたものと同じ鬼塚の印が押してある説明書だったが、こちらは随分と文章量が多い。
説明するのは面倒だから、これを読めというところか。
一也は、苦笑しながら紙片を開いた。
説明書の一番最初には、汚らしい鬼塚の手書き文字で次のように書かれていた。
『知ってるか? 銃身が曲がっていても薬莢内の火薬の爆発圧で、弾丸は出るんだぞ。意外に銃って丈夫にできているよなぁ。ま、信じる信じないはキミの勝手だけどね』
鬼塚のからかい声が聞こえたような気がして、少なからず不快な気持ちになったが、今は関係ないと心情を押さえ込み、読み進める。
この銃は正式名をスナイパースカヤ・ビントブカ・ドラグノフ(SVD)といい、「ドラグノフ」で名前が通っているスナイパーライフルだそうだ。
もちろん、通常の銃身はL字型に曲がってはいない。
「プログラムのゲーム性を高めるために」変形させたと書かれていた(ご苦労なこった)。
実際、一也も暴発するものだと思い込んでいたし、撃った京子本人も半信半疑だったようだ。
そんな状態で撃つことが出来る彼女の胆力はたいしたものだが。
また、銃身の曲がったマシンガンが戦争用に試作されたことや、戦車の屋根に這い上がってくる敵兵を戦車の中から射撃するためにつくられたL字型延長銃身(ボーザツラウフ)なんてものがあることが書かれていた。
L字型に曲がったことでライフルに装着されたスコープが意味のないものになってしまっているのも、ご愛嬌、か。
そう思った一也は得意の皮肉めいた笑みを浮かべた。
たしかに、使いようによっては有効な武器であるのかも知れない。しかし、正直なところ、一也にはこの銃を使いこなす自信がなかった。
とにもかくにも重たすぎるし、反動も半端なものではないようだ。
同じく反動が強いとはいえ、まだコンバット・マグナムのほうが使い勝手があるように感じられた。
おそらくは、京子も同じことを思ったに違いない。
だからこそ、半ば強引に奪っていったのだろう……。
と、「さ、脱いで」京子が突然こんな事を言い出した。
どう反応していいのか分からずキョトンとしていると、
京子は「ばっか、取って食いやしないわよ。傷の手当てをしなきゃ、だろ?」支給の医療キッドから消毒液やガーゼを取り出した。
「脅かすなよ……」
一也は苦笑しながら上着を脱ぎ、血に濡れたカッターシャツを脱いだ。
羽村の迫力からすると、色気染みた「取って食う」ではなく、文字通り「食われても」おかしくないな。
ガーゼに消毒液を浸している京子をわき目に、さらに苦笑いを深めた。
京子の治療はよどみがなく、手馴れたものだった。
「手際いいな」
「当たり前。あたしを誰だと思ってんの。怪我なんて日常茶飯事だ」
学校一素行の悪い女子生徒は軽く笑う。
みると、置き場所を誤り、制服の上着が川べりについてしまっていた。一筋の血が水流に染色を施し、幾らか進んだのちに消えていく。
どうか、この血が、俺が生きた証が両親のもとに届きますように。
ふっとそんなことを考え、「ああ、がらでもない」と天を仰ぐ。
治療をしてもらいながら情報交換をしたが、たいした情報を手にいれることはできなかった。
一番気になった「京子が既にクラスメイトを殺しているか否か」だが、「まだ」と至極あっさりとした返事が返ってきた。
プログラムに乗っていることを明言している京子が嘘をつく必要性もないし、藤谷龍二を撃ったときの様子からしてみても、信じていいと思えたので言葉通りに受け取っておく。
もちろん、彼女と長く組む気持ちはない。
その方針からすると、どこかのタイミングで自分に牙を向けてくることは間違いなかった。
しかし、コンバット・マグナムが彼女の手にある以上、今の段階では離れるわけにはいかなかったのだ。
ただ、親しくしていた友人たちの影を羽村京子に見ている自分に一也は気がついていた。
まっさきに思い出すのは、津山都(生存、これまでの行動歴は不明)だ。
京子のサバサバとした口調は、まさしく都そのものだった。
また、単純明快ともいえるその思考は、幼なじみの生谷高志(安東和雄が殺害)を思い出す。
「あたしを誰だと思ってんの」なんてセリフは、いかにもサメ(鮫島学・生存)が好みそうだ。
京子に見える、親しい友人たちの影。だが、その表情や言葉には、生き残る為にクラスメイトを殺すことをも辞さない決意が見え隠れする。
また、一也を見る京子の視線にも鋭い光が含まれたままだ。
それは、誰にも信を置いていない光だった。
決定的に誰も信用していない、そういった感情が流れ込んでくる。
治療を終えた京子が、一也の裸の背中を平手でパシリと叩いた。
「あんた、貧弱な身体してるねぇ。男はね、やっぱ力だよ」
「ほっとけ」
軽口を返しながらも、一也は考え込んでいた。
中村靖史や木沢希美とは、それなりの信頼関係を築けていたし、背中を預けることもできた(ああ、二人は今どうしているんだろう)。
しかし、この京子相手にはできそうになかった。
生き残る、ただそれだけのために、一時的に休戦した敵兵同士。そんな気もした。
なおかつ、戦局は限りなく彼女の方に向いている。
精神的、肉体的に迫力負けの感は否めないし、すでにチームの主導権は握られてしまっていた。また、コンバット・マグナムがあちらにある以上、装備面からみても彼女が優勢だった。
まぁ、最悪、コンバット・マグナムを取り返せないまま逃げ出したとしても、一応、この変形したスナイパーライフルはある。
うまく使いこなす自信はないが、武器がないわけじゃない。
どうにかすれば、相手をやっつけられるだろう。
そう思った一也は、文字通り「ゾッとした」。
……今、俺は何を思った?
最初はクラスメイトを殺すことに嫌悪を覚え、禁忌を感じていた。
絶対、ゲームになんか乗るもんかと思っていた。
それなのに、何を思った?
俺は、俺は、俺は、誰かを殺してもいいと思ったんだ……。
たった数時間のうちに自分がひどく汚れてしまったような気がし、一也は深くため息をついた。
川原の砂利石をつかみ、その冷たさを手の平で噛みしめる。
これからいったいどうなるんだろう……。自問自答を繰り返すが、決して答えは出なかった。
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