OBR1 −変化− 元版


005  2011年10月01日00時


<生谷高志> 


 教室から出た生谷高志 は、歩きながら大きく深呼吸をした。先ほどの鬼塚とのやり取りで熱をあげてしまった身体を抑える。
 「いずれ大きくなるから」と大きめのサイズの制服を買ったのに思惑が外れ、今でも制服の袖が余ってしまっている小柄な身体。いかにも気の強そうな太い眉が乗った丸顔。
 やや長い髪はピンピンと無造作に跳ねた形にセットされている。

 廊下は照明の大部分が落とされているうえ、廊下側の窓にも教室と同じように鉄板が打ち付けられているのでひどく足元が暗いが、教室から漏れる光でなんとか歩けた。
 どうやらこの分校には一つの階に三つの教室があるようだ。
 高志らがプログラムの説明を受けたのは階段から一番遠い教室で、階段までに二部屋、教室の前を歩く。
 それぞれの戸が開けられ、専守防衛軍の兵士が銃を構えて立っていた。
 皆、一様に表情が無い。
 何も、この人たちは感じないのだろうか? 自分たちの前を歩く生徒たちのほとんどが、この後、命を落とすことになるのに。
 たった一人しか生きて戻ってこないのに。
 高志は、ほうっとため息をついた。
 進める足が震える。
 チクショウ、誰が殺し合いなんてするもんか。誰がこんなゲームなんかに乗るもんか。俺は、ぜったい、ぜったい、ぜったい、乗らないぞ。


 校舎の外に出ると、月明かりの下、田舎の学校にしては面積が小さく感じる校庭が見え、その向こうには高木低木が入り混じった林が見えた。
 また、校門の先には三本の舗装されたコンクリ道が延びていた。
 支給された地図によると、それぞれが北、南、東の集落に向っているということだ。
 秋の涼風に乗って、弱く潮の匂いがする。
 それは、高志たちの家がある神戸の港町でもおなじみの香りだった。

 チクショウ。
 高志はつぶやいた。
 チクショウ、チクショウ、チクショウ、チクショウ、チクショウ。
 いらいらと爪を噛む。これは、憤りを感じた時の高志の癖だった。こうすることで自分を抑えるのだ。直情型の高志は、これまでにもその性格が災いして、友達や家族と大喧嘩をしたことがあった。
 幼なじみの野崎一也(主人公)などとは何度「絶交」したか分からない。
 だけど、その度に高志はきちんと経験を積んだ。自分が感情に流されやすいことをよく自覚し、自制をする。その術(すべ)を過去の経験から学んできたのだ。

 しかし、やはり今、高志はどうしようもないほどの怒りに震えていた。
 チクショウ、なんてことだ。俺は、もう、家には帰れないのか? 父さんや母さんには会えないのか?
 会えないのなら、こんなことで会えなくなるのなら、もっと父さんや母さんを大事にしておけばよかった。もっと色んなことを話しておけばよかった。
 高志は、この状況に対して強い怒りを感じていた。
 だから、自分の出順の時に鬼塚を睨みつけたのだし、その後、鬼塚に茶化されたとき本気で怒り、食って掛かったのだ。
 ストレートな開けっぴろげの性格。
 何でも思ったことは口にし行動する(好きな女の子にも積極的にアタックする。……あまり、成功はしないけれど)、高志らしい行動といえば行動らしいが、もちろん、その行為の見返りに「死」が付いてくるだろう、ということも十分に承知していた。
 彼の幼なじみの野崎一也は、いつまでもスタート地点に留まるような馬鹿ではないと判じたが、その評価どおり、高志はしっかりと状況を見極めていた。
 危険性は分かっていたが、意を決し、校舎入り口横の植え込みの陰に身を潜める。

 それは、尾田美智子を待つためだった。
 一也らとは出順が離れているが、美智子とは近い。
 美智子は、今のところ、彼の全てと言ってもよい存在だった(もちろん友達も大切だけど、美智子さんとは別の、心の別の場所にあいつらはいるんだ。ほら、女の子がよく言うだろ?  「ケーキは別腹」)。
 その美智子が出てくるのを高志は待っていた。
 柔らかな頬、朱がさした唇、澄んだ瞳、弾けるような笑顔、可愛らしい声。その全てに高志は恋をしていた。

 一也。俺は守るよ。俺は俺で好きな人を、守るよ。

 矢田啓太を好きだと言ったときの幼馴染の顔を思い出し、高志は両手をぎゅっと握った。

 一也も啓太を守るだろう。俺も、あの子を守る。
 ……誰から?
 言わずと知れたこと。不良グループの楠悠一郎や、木田ミノルみたいな連中からだ。あいつらは、きっと、乗る。そんな奴らから、俺は、美智子さんを、守る。
 そう思い、高志は支給品のヌンチャクをギュッと握りしめた。
 先ほどディパックの中身をさぐった時に、会場マップや懐中電灯と一緒に出てきた代物で、政府が「わが国固有の領土」と主張している中国のカンフー映画なんかでよく見かける打撃武器だ。
 拳法の使い手でも何でもない自分にこんなものが使いこなせるとはとても思えなかったが、当座でいい。
 当座、これを使い、後は適当な民家に忍びこんで包丁だとかを手に入れればいいのだ。

 この史上最悪のゼロサムゲームから逃れる術(すべ)はないと聞いている。
 ローカルニュースでプログラム関連のニュースが取り上げられるとき、アナウンサーが読む原稿にはいつも「優勝者」が、ときには「全員死亡のため、優勝者無し」という言葉が出てきた。
 殺し合いは、確実に起こる。
 高志は美智子を守ろうと決意していた。
 俺は、美智子さんを、守る。少しでも長く、美智子さんを生き長らえさせて見せる。

 そうこう考えているうちに、数人の生徒が校舎から出、そして、尾田美智子 が、おそるおそるという感じで校舎から出てきた。
 肩までの長さを自然に流したストレートの髪、大きな瞳、少し丸まった鼻先。
 ああ、横顔もカワイイや、チクショッ!
 (この「チクショウ」は、今までの「チクショウ」とはもちろんニュアンスが違う)
 身を隠していた植え込みの陰から立ち上がると、気配を感じたのか、美智子がビクリを肩を上げ、「誰っ」と言った。
 「俺だよ、みっ、美智子さん」

 パンパカパーン! ナイト登場。姫、私は姫を守りますぞ!
 高志は美智子に会えたことで、少し、いや、かなり、ポップした気持ちになっていた。
 ポップ、ポップ、ロリポップ。さ、姫、私と、俺と、ロリポップのリズムに乗って踊ってみませんか? しかも、俺、今、「美智子さん」って呼んだっ。下の名前で呼んだ!

 浮き上がる高志の心。しかし、ここで、美智子は「ひっ」と短い悲鳴をあげた。
 あ、ごめんごめん、いきなりでおどかしちゃったね。
「俺だよ、俺、生谷、生谷高志」
 植え込みの影から出てきた高志を、美智子は脅えた目で見た。
 えっ、何で? 姫、ナイトですよ。あなたを守るナイトがはせ参じたんですよ。もう、脅えなくても大丈夫。……俺があなたを守るのだから。
 いささか憮然としながら、高志が一歩前に進むと、それにあわせて美智子が一歩後ずさりした。
「いやっ」
「み、美智子さん?」
「いやっ、来ないでっ」
「何、言ってんだよ。俺が誰か分からないの?生谷だよ、生谷っ」
 そう、君を守るために現れたナイトだよっ。


 しかし、美智子は踵を返し、駆け出した。
「ちょっ、待ってよ!」
 脅えとともに走り去っていく美智子。高志はよろけるような足取りで美智子を追った。
 なんで? なんで、美智子さんは俺から逃げるの? 俺のお姫様は、なんで、逃げるの?

 打ちのめされるその事実。しかし、それでも高志は美智子を追った。ちょうど、美智子が校門から出て行くとき、スカートの裾が一瞬、フワリと上がり、月明かりに白い脚が映える。こんな時ながら、高志の心臓がジャンプし、クルリととんぼを切った。
 お見事! 10点満点! って、んなこと言ってる場合じゃ、な……、い。
 高志は、校門の前で立ち止まり、肩を落とした。美智子が向って左手の道を駆けて行くのが見える。今からでも本気で追いかければ追いつくだろう。
 しかし、高志は足を止め、高志はふっと一種自虐めいた笑みを浮かべた。
 そして、歩き出す。美智子が去っていったのとは別の方角へと。



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生谷高志 野崎一也の幼馴染