OBR1 −変化− 元版


004  2011年9月30日24時


<野崎一也> 


「よーし、説明は以上だー」
 鬼塚千博(ちひろ) と名乗ったプログラム進行役の政府官僚……例の茶髪男だ……がそう言って、教壇を両手で叩いた。
 教室の前後の壁にそって、それぞれ5〜6人、あわせて10人ほどの専守防衛軍の兵士が銃を構えている。何か不穏な動きを見せれば、処刑されるのだろう。
 高橋教諭の亡骸は「説明の邪魔になる」と教室の隅に片付けられていた。
 なら始めから見せるなと言いたいのだが、おそらくは「選手」たちの腹を括らせるための趣向なのだろう。教諭はプログラム開催に反対したため銃刑となったということだった。
 事なかれ主義教師だったはずの彼が、教え子のために命を張ったというのは、驚きの事実だった。
 彼の認識を改めたくても、もう彼はこの世にはいない。

「最悪だ……」
 そうつぶやいた後、目立たないよう、小くため息をつく。
 プログラムの存在は聞いていたし、「自分のクラスが選ばれたらどうしよう」などと考えたこともあった。しかし、まさか自分が巻き込まれるとは思ってもみなかった。
 一也はもう一度ため息をついた。
 「プログラム」は上手くできている。一也は、プログラムの巧妙なシステムを呪った。
 このプログラムには、殺し合いの誘発剤が数多くある。
<以下、プログラム説明。よく知っている方は*マークまでの部分は読み飛ばしても支障ありません>
 まずは、睡眠ガスで眠らされているうちに付けられたらしい爆弾入り首輪の存在。
 このコンピューター管理された首輪にはセンサーがついており、生徒の位置、心臓パルスを元にした生徒の生死を読み取ることができる。
そして、禁止エリア。
 プログラム開始(今回は10月1日0時)の7時間後から、2時間ごとに増える禁止エリアに足を踏み込んだ生徒の首輪は自動的に爆破される仕組みだ。
 しかも、ご丁寧に各生徒たちには「武器」が一つずつ支給される(他の支給品は、食料、簡易医療セット、島の地図、コンパス、懐中電灯,、腕時計など)。
 当たり外れもあるようだが、銃器や刀剣類といった殺傷能力が高いものも多いらしい。

 では、生徒たちが殺しあうことを拒否したら? どこかにずっと隠れ潜んでいたら? 一致団結して政府役人、軍人たちが陣取っている分校(Gの7エリア)に攻め入ったら?
 ……抜け穴はなかった。
 「爆弾入り首輪」「禁止エリア」の機能が、実にうまく出来ている。
 24時間誰も死なない場合、3日たっても優勝者が決まらない場合は、生き残り全ての首輪が爆破される仕組み。また、禁止エリアが時間ごとに増えていくので一所(ひとところ)に隠れ潜むことが出来にくく、移動せざるを得ない。
 移動すればするだけやる気になった選手(鬼塚は説明の間、ずっと「隣りのお友達は、もうやる気になっているぞー」と脅してきた)とかち合う可能性が高くなる。
 不審な行動を取った者の首輪は政府側が遠隔操作で爆破できるし、役人達が詰めている分校は、すべての生徒がスタートしたらすぐに禁止エリアに指定されるらしい。

 恐怖、恐怖、恐怖。

 「生き残るためには、クラスメイトを殺さなくてはいけない」そう思わせる誘発剤が随所に散りばめられているのだ。
 実際、鬼塚の説明の途中から教室の雰囲気が変わってきた。
 錯綜する視線と視線。
 こいつは、あいつは、ゲームに乗るんじゃないのか? みんな、仲間を殺そうとしているんじゃないのか?
 それぞれの視線に隠された、それぞれの疑心。



「さーて、何か質問があるかー」
 鬼塚がぞんざいな口調で訊いてくる。けだるそうなやる気のない雰囲気。
 いちいちカンに障る男だ。
 何で、こんな男にいいように振り回されなきゃいけないんだ?
 一也は置かれた状況を呪い、下唇を噛んだ。
 と、誰かが後方で立ち上がった音がした。
 驚いて振り返った一也の視線の先に立っていたのは、着崩した制服に大柄な体躯を包んだ羽村京子 だった。ウェーブを描く長い髪、パーツパーツのはっきりとした迫力のある女だ。
「てめぇ、むかつく」
 同じ事を思っていたらしい彼女が、明瞭な声で言った。
 教室の前後でライフル銃が起こされた音がし、専守防衛軍の兵士達が京子を狙い構えた。
 そこそこであがる短く切った悲鳴。誰もが、京子の命はない、そう思った。
 だが、ここで、「やめろ!」鬼塚が大きな声で専守防衛軍らを制した。
「極力、説明時に生徒をリタイヤさせたくないと言っておいたはずだ!」続けて鬼塚が鋭い声で言う。

 それって、いったい……。
 鬼塚の態度に違和感を感じるが、まずはほっと胸をなでおろす。
 羽村京子は小学校校区が同じで家も近かった。小学生時代には何度か遊んだこともある。京子は中学に上がった頃から荒れ始めたため、最近ではめっきり没交渉だったが、やはり彼女が死ぬ場面は見たくなかった。
「無茶なことするな……」
 そばに座っていたサメが、理知的な声を落とす。
 啓太も青ざめた顔で頷いた。
 サメ、高志、啓太。いつもメンバーが近くにいる。それだけで、恐怖が薄らいだ。


「おっと、忘れるところだったー」そう言うと鬼塚は、一枚の大きな模造紙を黒板に貼った。
 模造紙には、島らしきものが中心に据えられた地図が描かれていた。
 そこには碁盤の目のような線が縦横に走っており、その網の端にアルファベットと数字が並んでいる。あわせて読むと、地図の左上からAの1、Aの2、Aの3……、という具合だ。
「このひとマスを、エリア、というー。さっき説明した禁止エリアのエリアとは、このひとマスのことだからなー。みんな、覚えたかー」
 もちろん、誰も答えない。

 鬼塚自身も特に反応を求めていたわけではないらしく、のんびりとした口調で説明を続けた。
 鬼塚の説明によると、この島は、角島(つのじま)というらしい。
 瀬戸内エリアに浮かぶ、周囲7キロほどの小さな島だと言っていたが、一也はそんな島のことを聞いたことはなかった。どうやら、名産名勝などという言葉とは縁遠い過疎の島のようだ。
プログラムは例外なく対象クラスが位置する県内で実施され、その多くの場合、こういった過疎の小さな島で行われる。今回もご多分に漏れず、ということらしかった(できる事なら、「ご多分に漏れて」プログラムを中止して欲しいのだが)。
 一也たちが今いるのは、角島の中ほどに位置する分校(この教室は分校の2階にあるそうだ)で、エリアとしてはGの7になる。
 地図によると分校の前から三本、大きな道が出ている。それぞれが、北、南、東にある集落に向っているらしい。
 また、島の北と南に山があるということだった。

「さーて、それじゃぁ、一人ずつ、えー、二分間隔、男女交互の出席簿順で出発してもらうぞー。出発したら、すぐにこの建物からは離れろよー。校舎内でウロウロしている連中は、容赦なく、今度は容赦なく、撃ち殺すからなー」
 いよいよ、始まるのだ。
 腕時計を見る。
 ちょうど深夜12時になるところだった。

 これから、本当に俺たちは殺し合いをするのか? ずっと一緒にいた友人らと?
 しかし、一也の思考の冷静な部分は、きっと誰かは乗ってしまうだろう、と判じていた。
 誰だ? 誰が乗ってしまうんだ?
 そっと教室内を見渡す。
 皆、一様に青ざめた顔をしているが、数人ふてぶてしい顔をしている生徒もいた。
 あいつらは……、乗ってしまうんじゃないだろうか?

 第五中学の素行の悪い生徒たちの中心でもある、楠悠一郎 はおそらくプログラムに乗るだろう。普段から粗暴な振る舞いの目立つ男だ。
 彼の隣にいる木田ミノル も要注意だった。楠悠一郎の「パシリ」としてクラスメイトらからも軽く見られている男だ。
 
「じゃぁ、まずは男子1番、安東和雄くーん」
 名指された安東和雄 が立ち上がる。
 艶のある黒髪、黒目勝ちな切れあがった瞳。大人びた性質で、休み時間も難しい本を読んでいたりするが、クラスにはきちんと溶け込んでいた。
 似た性質の鮫島学とは割合に親しくしているはずだ。
 彼は施設の出だった。その性質は、普通の15歳に比べ苦労しているからだろうか。
 あいつは? あいつは、どうだろう? 生き残るためにクラスメイトを殺すだろうか?
 いや、まさか……。
 そんなことを考えているうちに、安東は支給のディパックを受け取り、教室から出て行ってしまった。
「ああ」と小さく肩を落とす。
 俺、クラスメイトを、今日の昼間まで一緒に笑い会っていたクラスメイトを疑ってしまっている。なんてことだ。なんてことになってしまったんだ……。

 次いで、ぜんそく持ちで身体の弱い吾川正子 がフラフラとした足取りで出て行ったのを見送った後、二分間隔を計っているストップウオッチを止めた鬼塚が「男子2番、生谷高志ー」と高志の名を呼んだ。
 一也の脈が上がる。
 高志。幼なじみで、親友で、俺が同性愛者だという秘密を知っている存在。
 高志は鬼塚の横に立つと、キッとその顔を睨みつけた。
「おお、迫力があるなー。みんな、気をつけろよー、こういうやつが案外、やる気満々だったりするからなー」
 鬼塚の言葉に憤った高志が鬼塚に掴みかかろうとする。
 先ほど羽村京子がつっかかった時と同じく、専守防衛軍の兵士が銃を構えた。
 と、ここに「やめろ! 高志っ」学の鋭い声が横入りした。
 この学の声に驚いた高志が、つかみかかろうとした手をおろす。そして、もう一度鬼塚を睨みつけてから、ディパックを受け取った。
 高志はゆっくりと歩を進め、教室の外に一歩踏み出した。ゆるりと振り返る。高志は、一也の顔をじっと見つめてきた。熱く強い眼差しだった。
 そして、最後にディパックを高く上にあげて見せ、教室から出て行った。

 高志、外で待っててくれ。俺もすぐに行く。……いや、すぐ、に、は……。
 上がりつつあった気が急速にしぼんで行く。同時に一也はため息をついた。
 高志と自分では出順が離れすぎている。
 いつまでもスタート地点に留まっているのは、あまりにも危険だ。高志は直情型で単純なところがあるが、その辺が分からないような馬鹿ではない。おそらくは合流できないだろう。

 一也は深くため息をついた。
 もしかしたら。もしかしたら、俺はもう、高志とは会えないかもしれない。

 高志を見送ってから、残りの仲間、学と啓太を見る。
 学は出入り口を仰視していたので視線が合わなかったが、矢田啓太とは視線が合った。やや短い黒髪。その下のおっとりとした童顔には、悲しいような悔しいような複雑な表情が浮かんでいた。
 啓太、俺、お前のことが好きだ。昨日、ああ、もう一昨日か。とにかく、気持ち悪いことを言ってしまって、ごめんな。俺、お前のことが好きなんだ。
 ごめんな。変なことを言って。気持ち悪いことを言って。でも、一昨日、告っといて良かったよ。カミングアウトしといて良かったよ。
 言えないまま、し、死んでしまうところだったかもしれない。

 ここで一也は「死」という言葉の重みを感じ、ごくりと唾液を喉に落とした。



<残り32人/32人>


□□  バトル×2 1TOP ご意見ご感想 更新お知らせ登録