OBR1 −変化− 元版


047  2011年10月02日00時


<鬼塚千尋> 


 仕事に戻る事務官の華奢な後姿をのんびりと眺めながら、鬼塚は、ぽつり、つぶやいた。
「掴みにくいか……。オレぁ、中途半端でどっちつかずだからなぁ。……そりゃぁ掴みにくいだろうさ」

 鬼塚ははじめに無理やりにこの任が回ってきたかのように言ったが、予定されていた担当教官の入院を見て自ら志願した話のほうが事実だった。
 では、どうして担当教官になることを志願したのか?
 ……実は、鬼塚自身、よくわかっていなかった。
 理由としては「自分が生まれた島でのプログラムだから」というものが大きいような気がする。
 実際問題、他のプログラムの担当教官になりたいとは思えなかった。
 元々の仕事、プログラムの解析官の仕事も、希望してなったものではなかった。人事の妙で回された部署にすぎなかったのだ。

 ただなんとなく志願してみたら、他の担当官のスケジュール調整がつかなかったことや、面子や縄張り意識の問題から他の支部に援護を要請することを避けたい上役の思惑、データ解析スタッフとして事前に何回か現場に訪れていた経験、角島の出身であるという経歴など、様々な要因に手助けされ、担当官におさまることができた。
 思いがけず臨時の担当教官にとなることが決まった時も、戸惑い、「やっぱ、やめとけば良かったかなぁ」と思ったものだ。
「こーゆー仕事は、もっと考えのしっかりしたヤツがするもんだ」
 自ら志望してなったのに、そう思いため息を洩らしさえした。

 そして、実際に担当教官となってプログラムを進行している今なお、鬼塚は自分のスタンスを定められないでいた。
 補佐官としてついた正規の担当教官たちの姿を真似、プログラムの進行を楽しんでいるように装ってみたり、担当クラスの生徒に優しい言葉をかけてみたり……。
 そのときの気分気分で、行き当たりばったりで行動しているため、自分のことながら矛盾する行動をとっているように思う。

 プログラムの実施に反発した実施に反発した元の担任を、規定どおり銃殺刑にした(直接手を下したのは専守防衛軍の兵士だったが)。
 しかし、その一方で、説明時には誰の命も奪わなかった。
 規定で決まっているわけではないが、最初の説明時に政府側が「見せしめ」として数人の生徒を殺害するケースが多々ある。
 これまでに鬼塚が補佐官としてついたプログラムでも、何度か目撃したシーンだった。
 だけど、同じことを自分がしたいとはどうしても思えなかったのだ。


「オレは結局、ただの傍観者でいたいんだろうな」
 鬼塚は思う。
 説明時に生徒を殺さなかったのも、倫理的にどうこうというよりも、ただ単純に「生徒を自分の手で殺したら、プログラムが他人事ではなくなる」ことを懸念したからだった。
 角島の話やプログラムに関連して金を稼いでいる企業の話も、事実として認識しているだけ、「ああ、難しいな」と思うだけだ。
 そこに憤りや悲しみは感じない。

 だって、傍観者とは、そういうものだろうから。

 ゆっくりと目を閉じる。
 その後、プログラムの説明時に見た神戸5中3年B組の生徒たちの顔を、思い浮かべる。
 プログラムが進行するにつれて、消えていった命たちを思う。
 まだ生き延びている生徒たちの顔と名前を、思い浮かべる。
 その中には、四国ブロックで担当教官をしていた坂持教官の息子も含まれていた。
 担当教官の落とし子が、プログラムの対象となる。
 皮肉な、非常に皮肉なことだと思う。

 そして鬼塚は、盗聴器が仕込まれた首輪が聴集した生徒たちの声を、電話を介して聞いた黒木優子の声を、舌の上で転がした。
 彼らの声。
 死に際の声。恐怖に満ちた声。気が触れた声。勝ち誇る声。後悔の念を洩らす。早く家に帰りたいと泣く。何があっても生き残るんだと、誰を殺してでも生き残るんだと自分に言い聞かす……。
 そんな生徒たちのことを、わが身に置き換えて考えることは出来ない。
 この先、盗聴器からどんな声が聞こえてこようとも、例え黒木優子が電話を通し何を叫ぼうとも、オレは彼らを救いたいとは思わないだろう。
 同情はする。
 年若く散っていく彼らは可哀想だとは思う。
 だけど、それだけだ。

 オレはただ、彼らの死をただぼんやりと見届ける。
 ……だって、傍観者ってのは、そういうものだから。


 もともとの鬼塚の性質は、何事にも無関心な、冷めたペシミストだ。
 ただの傍観者。この言葉は普段の鬼塚には似合いの言葉だった。
 プログラムに関しても、そう。
 補助官としてデータ解析の仕事をしていた頃は、「可哀想だけど、ま、オレには関係ねーや」と思っていた。ただの傍観者だった。
 しかし、このプログラムに関しては、ギリギリのところで傍観者になりきれていない。
 自身の考える通り、中途半端だった。
 年若い事務官の彼のように嫌悪感を露わにすることはできない。かといって、ベテランスタッフのように無表情にもなれない。
 それなら、と、ただの傍観者を気取ろうとしても、後一歩というところでうまくいかない。

 ここで、鬼塚は「ああ、そうか」と、小さくつぶやいた。
 このプログラムが俺の生まれた島で行われているからだ。
 だから、オレはいつものオレになれないでいるんだ。
 だから、オレは担当官に志願したんだ。
 自分が生まれた島の、オレという存在が始まった島のプログラムの進行に深く関ることで、自分の羅針盤に針をつけたかったんだ。

 そして、考えた。
 最後の一人。優勝した生徒に話し掛けてみよう。彼、彼女の声を聞いてみよう。
 その声はオレに変化をもたらしてくれるかもしれない。


 立ち上がり、んっと、一つ伸びをする。
 窓枠に打ち付けられた鉄板を動かし、窓の外を見た。雲がかかり陰りはじめた月明かりに、暗闇の角島が、鬼塚の生まれ故郷が浮かんでいた。



<残り20人/32人>


□□  バトル×2 1TOP ご意見ご感想 更新お知らせ登録