OBR1 −変化− 元版


045  2011年10月02日00時


<鬼塚千尋> 


 放送を終えた鬼塚千尋教官 は、マイクをデスクの上にゆっくりと置き、一つ伸びをした。
 息をついたあと、拳をバキバキと鳴らす。
 その様子を見ていた専守防衛軍の事務官が、「お疲れ様です」と声をかけてきた。
 この事務官は、28歳とプログラム担当官としては異例中の異例で年若い鬼塚よりも、さらに二歳ほど若く、今回のチームの中では最年少だ。
 歳が近いからか、鬼塚の気安い雰囲気に呑まれたのか、彼本人のキャラクターがなせる技なのか、割合に親しく話し掛けてくる。
 鬼塚は鬼塚で、「シャチホコばった連中ばっかで、ツマンナイ」プログラムチームの中で彼の存在はありがたく、近くに置くようにしていた。

 分校の二階、教室をひとつ丸ごと使った「本部」には、大型モニターのほかに数台のパソコンやサーバ、種々の機材を動かす発電機などが設置され、雑然としていた。
 また、機材の熱気に加え、教室の入り口で銃を持ち立っている専守防衛軍の兵士の他、コンピューター専門の技術官、鬼塚と同じ関西支部所属のプログラム補佐官と、とにかく人口密度が高く、空気がよどみ勝ちなので、ファンを大車輪で動かしている。

 先ほどの事務官が、板壁に貼られたタイムテーブルを眺め、「鬼塚さん、今から休憩時間ですね。コーヒーでもお入れしましょうか」とコーヒーを注ぐ手振りをして見せてくる。
「ああ、頼む」
 そう言うと、鬼塚は椅子から立ち上がり、もう一つ伸びをした。
 そして、教室の後方、ついたてで仕切った「休憩スペース」へ持ってくるように指示をし、うねうねと縦横無尽に床の上を這う配線コードをよけつつ、休憩スペースへと向った。

 粗末なソファに身を沈めていると、事務官がコーヒーカップを二つ持ってきた。
 ちゃっかり自分の分のコーヒーも入れている事務官に苦笑しながら、
「だいぶん減ってきたな」
 何気ない口調で鬼塚は言った。
 何が「減って」いるのかはすぐに見当がついたらしく、立ったまま「そうですねぇ」と返し、事務官はコーヒーに口を付けた。
 その表情には、かすかな嫌悪感が見え隠れする。

 若いねぇ。
 事務官の眉間に刻まれた皺の数をかぞえながら、鬼塚は心の中でつぶやいた。
 この事務官は、今回初めてプログラム進行の任についたとのことだった。知識でしか持ち合わせていなかったプログラムを実際に見、嫌悪しているに違いない。
 その一方で、ベテランスタッフたちの表情には、そういった感情はまったく見えない。
 彼らも元々はこの事務官と同じく、嫌悪感を持っていたに違いない。
 しかし、長くプログラムに関るうちに否定的に見る感情がなくなったのか、年の功で気持ちを押し殺すことに長けたのか、それぞれに与えられた任を淡々とこなしていた。


 と、事務官の彼が、「先ほど、禁止エリアにかからないように気をつけろ、みたいなことをおっしゃっていたでしょう」鬼塚の思考をさえぎった後、さらに何事か言おうとし、「あれって……」結局は言いよどんだ。
 そんな彼をからかうように、
「……本心かどうか聞きたいのかなー?」
 茶化すように答えると、事務官は少し笑ってから軽く頷いた。
「さぁな、どっちかーつーとひっかかって欲しくないが、ま、どうしたって最後の一人にはなるんだしな」
 鬼塚のはぐらかした答えに、事務官は物足りなそうな顔を見せる。
「鬼塚さんって、つかみ所無いですよねぇ。プログラム担当官って楽しみながら仕事してるか、苦しみながら仕事してるかのどっちかだって聞いてたんですけど……。鬼塚さんって、楽しんでいるようにも生徒さんたちに同情しているようにも見えるし……」
 続けてこぼれた事務官の言葉は、いささか失礼な物言いで、少なくとも上官、プログラム担当官に向けて言うべきものではなかった。
 しかし、この事務官のそういったあけすけさ、ある意味での危なっかしさが、鬼塚の気に入るところでもあったし、元々細かいことを気にしない性質の鬼塚は軽く笑い、「ちょっと話をしようか」と言った。

 いま話をしているじゃないかとでも言いたいのだろう、事務官は眉をひそめ怪訝な顔をした。
 これを無視し、
「オレが代理のプログラム担当官だってのは、聞いているだろ?」と言うと、事務官は大きく目を見開いた。
 初耳だったらしい。
「もともとはオレの上司が受け持つ予定だったんだけどなぁ。胃をやられて入院しちまった」
「苦しみながら担当官をやられていたクチだったってわけですね」
 年若い事務官のどこかズレた敬語に苦笑しながら、さらに続ける。
「他の正規の担当官はみんな研修やらプログラムやらで出払ってて。上役の面子もあって他の支部に援護も頼めず……。で、このプログラムの補佐官をする予定だったオレにお鉢が回ってきたってわけだ」

 プログラムは、九州地区や関東地区など、全国9ブロックに別けられたプログラム対策室支部の主導のもと、それぞれの専門家や専守防衛軍など各種組織の援助も請い、混成チームで実施される。
 鬼塚はプログラム対策室の関西支部所属で、元々は主にデータ解析を担当する補佐官だった。
 行く行くは担当官を目指して、というわけではなかった。
 そういう配属になってしまったからただ仕事をこなしているだけだった鬼塚だが、今回は諸々の理由により担当官の任についていた。
 言った通り「代理」であり、今回限りの話ではあるのだが。

 事務官の彼が頷く。
「……どうりで。担当官にしちゃ、やけにお若いと思ってました」
 言ってから、自分の言葉の意味に気が付いたらしい。
 その細面に、真新しい疑問符が浮かんだ。
 そう。たしかにこれまでの説明は、全国的には30代後半から40代が多くを占めるプログラム担当官の中、代理とは言え、20代の鬼塚が担当官の任を受ける理由としては弱いものだった。
 彼が疑問に感じるのも無理はない。

 ニヤリ、薄い笑みを浮かべると、鬼塚は切り札を出した。
 小さな声でぼそりと、しかし大きな事実を話す。
「高校のときに親の仕事の都合で出たんだけどな、オレはぁ……、この角島(つのじま)の出身なんだ」
「えっ」
 虚を突かれた事務官に、皮肉っぽい笑みを向ける。
 その反応を鬼塚に楽しまれていることに気が付いた事務官は顔をしかめ、「鬼塚さんも、人が悪いや」と頭をかいた。



 ソファに腰をおろすよう勧める。
 素直に従う事務官を正面から見据え、「戦略上必要なデータ取り云々を抜きにして、プログラムって必要だと思うか?」鬼塚は前口上から入った。
 これにはさすがの彼も答えにくいらしく、沈黙を返してくる。
 鬼塚は周りを一瞥し、付近には誰もいないことを確認してから、こんなことを言った。
「必要ねぇ、な」
「ちょっ、鬼塚さん……」
 懲罰会議にかけられてもおかしくない鬼塚の発言に、事務官の瞳が数センチ見開かれ、きょときょとと視線を巡らす。

 それは確かに、鬼塚の立場としても、いち大東亜共和国民としても、危険度の高い発言で、「誰かに聞かれたら」と鬼塚をの身を心配した事務官の行動は無理もないことだった。
 よーし。
 鬼塚はかすかに微笑んだ。
 彼のキャラクターや、鬼塚のことを気に入ってくれているように見えたことから大丈夫だと判断し、話を始めたのだが、どうやら見込み違いではなかったらしい。

 今度は彼にも分かるようににっと微笑んでから、話を続ける。
「大勢の若者の命を奪うほどの価値、必要性なんて、あるわけないさ」
 世間話をするような気軽い口調と、その内容の重大さのギャップ。
 ごくり、事務官が唾液を喉に落とし込む音が響いた。
「だけどな、この島にとっちゃ、プログラムは必要なんだなぁ、これが」
「ひつ、よう」
 つっかえながら復唱する事務官に笑いかけ、鬼塚は言った。
「プログラム補助金」
 話の道行きに多少見当がついたらしく、事務官は「ああ……」ため息を漏らす。そのため息には深まった嫌悪感も含まれており、彼の眉間の皺の数がまた一つ増えた。

「プログラム会場となったエリアに支給される迷惑料みたいなもんさ。ま、お上の威光で行われるプログラムだからなぁ。たいしたぁ額じゃないが、それにしたって、大きな観光資源も特産もない、過疎問題爆進中の島にとっちゃ、ありがたい金だ」
 鬼塚はコーヒーに口をつけ、唇を湿らす。
 そして、「プログラム会場となったエリアには、その年の地方税が軽減されるオマケもついてくる。これもたいした額じゃないがぁ、金が落ちてきたり払う金が減ったりするのは、まんざらな話じゃないだろ?」と続けると、事務官はあからさまな嫌悪感を見せた。
 事務官の嫌悪感を引き出そうとして発した言葉だったので、思い通りの結果に鬼塚は笑みを浮かべる。
 掌の上で転がされていることに気が付いたのだろう、事務官はさきほど「鬼塚さんも、人が悪いや」と言ったときと同じ表情をし、苦笑いをした。



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バトル×2
鬼塚千尋
プログラム担当教官。見せしめを行わなかった。