OBR1 −変化− 元版


042  2011年10月01日23時


<野崎一也> 


 何発も銃声が響いた。
 野崎一也 は震える瞼とぎゅっと閉じ、気を落ち着かせる。殺し合いは確実に進行しつつあった。
 まだ生き残っている友人、鮫島学や津山都のことや、同性だけど、恋愛感情を抱いてしまっている矢田啓太のことを思うと、心配で胸が締め付けられそうだった。
 (一也らが潜む平屋と、観光協会の建物とは、500メートルほどしか離れておらず、銃声が啓太によるものであることを、一也はもちろん知らない)
 こうしている間にも、彼らが誰かに襲われているのかもしれない。命の危険にさらされているのかもしれない。
 だからと言って、一也は仲間と合流するためにこの角島(つのじま)を練り歩こうとは思えなかった。 
 結局、俺は自分の命が大事なんだ。自分の命をかけて仲間を探す勇気がないんだ。と自虐めいた笑みを浮かべる。
 
 だが、啓太のことを考えると、少しだけ気分が楽になった。
 啓太は、春陽(はるひ)のような人だと、一也思う。
 彼は、いつだって穏やかに笑っていた。悩みもあるのだろうし、激情にかられたり、面白くないこともあるのだろう。だが、啓太はそういった負の気持ちを、その穏やかな笑みの下にしまい込んでいた。
 気持ちを押し殺すことに疲れきっている一也には、そんな啓太の穏やかさが強いものとして映った。
 啓太のことを好きになった一也は、自分のことを少しだけ好きになれた。啓太と一緒にいると、毒々しい黒い水を吸った心が軽くなった。
 だから、一也は啓太が好きだった。

 高志、啓太。……サメ。
 そう、鮫島学も、一也にとっては大切な友人だ。
 学はその名に、自分の能力に多大なプライドを持っていた。自尊心が強く、プライドが高く、自負心に満ちた……彼。その付き合いは三年になってからで、まだ浅いものだったが、一也は学からも影響を受けていた。
 学は、自分自身だけでなく、周りの人間にもプライドを持つことを求める。直接、口に出すことはないが「もっと、自分にプライドを持て」そんな意志が流れてくる。

 学にはまだ自分が同性愛者だということを言っていなかった。
 一也は思う。
 言ったら……。サメは、もしかしたら、蔑んでくるかもしれない。同性愛者であることではなく、俺が自分自身にプライドを持てていないことに。
 五年後、十年後。
 俺は、サメのように自分にプライドを持てているだろうか?
 五年後、俺は生きていれば(プログラムに巻き込まれた今、その可能性は、とても低いけど)、大学生。十年後は、社会人になっている。
 その頃には俺は、同性愛者である自分に、プライドを持てるようになるのだろうか?

 ……分からない。未来のことなんて、分からない。
 だけどきっと、俺は、少しずつ、同性愛者であることを飼いならしていくのだろう。
 たくさんの人と出会って、思いが通じた恋なんかもして(その相手は、間違いなく啓太ではない、きっとこの先出会う同じ悩みを持つ人だ。悲しいけれど)、挫折をして、傷ついて、優しくなって……。
 そして、きっと俺は自分のことを好きになれるのだろう、プライドを持てるようになるのだろう。
 そう、俺は思っていた。

 だけど。


 一也は、畳の上に寝転がった体勢のまま薄く目を開け、周囲を見渡した。
 隠れ潜む古びた平屋の一室。けばだった畳の上、飴色をした家具が置かれている。和箪笥、掘りごたつ、座椅子……。
 そして、半ば放心したような表情で座り込み、見張りをしている木沢希美
 その脇で、倒れこむようにして眠っている中村靖史

 ここは、どこだ? どうして、俺たちは隠れているんだ?
 ……プログラム。クラス全員で殺し合い、最後の一人、最後まで生き残ったたった一人が、家に帰ることができる。そう、俺はプログラムに巻き込まれてしまったんだ。
 俺は、生き残れるか? 俺は、優勝者になれるか?
 一也の冷静な思考が、自分は勝てないと判断する。
 ……俺は自分のことを好きになる前に、自分にプライドを持てるようになる前に死ぬのか? 結局、俺は啓太から答えを聞けないのか? 
 そう思うと、悔しくてたまらなかった。

 ここで、木沢希美が、脇で眠っている中村靖史の肩をゆすった。
「中村、くん。もうすぐ、12時だよ」
 ああ、そうか、もうそんな時間になったのか。
 そう、思い、一也は起き上がった。
 ぎょっとした様子で、希美が一也のほうを見る。
「お、起きてたの?」
「ああ、なんから眠れなくてさ。……中村、ずいぶん疲れているみたいだな」
 靖史はすでに交代の休みを取っており、本来ならば、この時間帯は一也だけが休養を取っているはずだった。
 もともとは、一人だけが見張りをし残り二人が休養を取る形を一也は主張していたのだが、靖史に「夜だし、見張りを二人立てた方がいい」と退けられていた。
 おそらくは、一也のことを警戒しての主張だった。
 その靖史が眠りこけている。
 ……よっぽど、疲れているんだろうな。
「無理に起こさなくてもいいよ。俺ら二人が放送を聞けば良いことだし」
 希美は沈黙を返してきた。

「エライよな」沈黙に耐えかね、一也が言葉を開く。
「えっ」
「ほら、木沢ってさ、女の子っしょ。こういう言い方したら、怒られるかもしれないけど、やっぱ、弱いっしょ。なのに、頑張って中村を待ったんだなぁって思ってさ」
 分けがわからない、といった表情を返され、「スタートのとき」一也は付け足した。
「ああ……」
 希美が嘆息をつく。
 ほんと、エライよ。勇気あるよ。だって、俺は恐くて待てなかった。恐くて恐くて、仲間たちを、いつも一緒にいた友達を待てなかった。なのに、木沢は、中村を待ったんだ。
 それって……。
「愛、だよなぁ」
 数時間前に中村靖史に向けた言葉を、同じように努めて冗談っぽく放った。

 これに、希美がクスリと笑った。
「ううん。恐かったから。羽村さんだとか楠くん……。それだけじゃない。友達も、いつも一緒にいた友達も恐かった」
「えっ」
「姫ちゃんも、亜矢も恐かった。みんなみんな恐かったの。だから、中村くんだけを待ったの」
 希美は、不良グループの面々の他、仲が良かった野本姫子(木田ミノルのトラップにかかり死亡)、田中亜矢(集団自殺)の名をあげた。
 そう言えば、彼女と中村靖史との出順を交互して田中亜矢が出発しているな。
 ……木沢は、田中亜矢をやりすごしたんだ。
 今まで気が付かなかった事実に、一也は少し考え込み、「中村だけは……、信じれた?」と訊いた。
「ううん」
 また希美が笑う。今度は、切なく。

 靖史が寝息を立てまだ眠っていることを確認してから、「恐かったよ」希美は言った。
「恐かった。だって、中村くんって、あまり気持ちの見えない人だから。見せてくれない人だったから。でも、私、中村くんのこと、好きだし。好きな人に殺されるのなら、それでいいかなって、そのときは思ったの」
 続ける希美。
「馬鹿だよね。合流してからの中村くん、ずっと私のこと守ってくれてるのに。こんな私のことを大事にしてくれてるのに。でも、そのときは、そう思ったの。どうせ殺されるのなら、亜矢じゃなく姫ちゃんじゃなく、中村くんがいいなって。馬鹿だよね。日頃一緒にいたこたちが、自分のことを殺そうとしているって考えるだなんて。そ、そんなことない……、のに」
 最後どもったのは、その可能性はある、現時点ではなくともプログラムが進めば、可能性が出て来ると考えているからだろうか。
 そう考えてから、一也は、希美の友人の田中亜矢がすでに死亡していることを思い出した。
 亜矢は、ハンドボール部のマネージャーをしていた活発な雰囲気の明るい女の子だった。
「田中……、残念だったな」
「うん。亜矢っていい子なんだよ。なのに……、間違ってるよね」
 一也は過去形で話し、希美は現在形で答える。
「ああ」
 そうだ。間違っている。なんで俺たちが殺し合いなんか、しなくちゃいけないんだ?
 再び蘇る政府への憤り。
 そして、まだ生き残っている仲間たちのことを、思う。死んでしまった幼なじみのことを思う。


 と、『みんなー、元気に戦っているかー!』鬼塚の放送が始まった。
 相変わらずの間延びした口調だ。
 大音量の放送に、眠っていた中村靖史がびくりと肩をあげ起き上がる。周囲を不安げに見渡した。見返す自分の表情にも不安感が張り付いているはずだ。
 サメ、啓太は、無事か? 他のクラスメイトたちは、無事か?
 そんなことはない。一也の冷静な部分が告げる。
 つい一時間前にも、南の方から、かなり近い位置から銃声がした。それも何度も。あれで、誰も死んでいないと考える方が無茶だ。
 誰が死んだんだろう。誰が発砲したんだろう。
 どうか。どうか、サメや啓太が絡んでいませんように。
 啓太のことを思う一也。その会いたいと思っている啓太がすぐ近く、500メートルも離れていない位置、観光協会にいるとは知りようもないことだった。

『まずは、18時から24時までに死亡したお友達の名前だー。重原早苗さーん、野本姫子さーん。筒井まゆみさーんうーん、昼頃からちょーとペースが落ちてるぞー』
「うそっ、姫ちゃんが」
 希美が短く切った悲鳴を上げる。
 これで彼女と仲良かった生徒は、吾川正子だけとなってしまった。
 希美の心痛を和らげようとしたのか、靖史が彼女の手をぎゅっと握った。
『続いて、追加禁止エリアだー。聞き逃すなよー。1時からFの6−。3時からCの8−。5時からGの5−。だいぶん増えてきたろー、引っ掛からないように気をつけるんだぞー』
 三人が三様、息を飲んだ。
 Cの8。
 この平屋を含むエリアだ。とうとうこの平屋が禁止エリアに入ってしまった。

「移動、だな」
 中村靖史が、沈痛な面持ちで言った。



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バトル×2
野崎一也
同性愛者であることを隠している。
矢田啓太
安東和雄と観光協会にいる。