OBR1 −変化− 元版


003  2011年9月30日23時


<野崎一也> 


 一也は、古びた木造校舎の一室で、呆然と立ち尽くしていた。
 薄汚れたしっくいの壁、板張りの床、教卓以外の机は取り除かれており、がらんとした教室にけたたましい女子生徒たちの悲鳴が耳を劈く(つんざく)。そこここで泣き声もした。
 混乱を極めているので、いちいち人数を数えたわけではないが、おそらくクラスメイト全員がこの場にいるのだろう。
 そして、その中央に横たわるのは、担任の高橋教諭の亡骸だった。
 額に小さな穴が開いておりそこから血が流れ、ぽかんと開けた口元まで跡をつけている。その小役人風の容貌を強めていた、黒縁のめがねの左側のレンズが割れており、よどんだ光を放つ濁った瞳がはっきりと見える。
 典型的な事なかれ主義教師で、生徒たちの人気は芳しくなく、学などからははっきりと馬鹿にされていた40からみの小柄な男だった。
 少し耳に障る甲高い声の持ち主で、一也もあまり好いていなかった。こうして亡くなっている姿を見ても、可哀想だとか気の毒だといった感情は沸いてでない。
 ただ、恐ろしかった。
 いったい自分たちの身に何が起きたかと言うのか。

 一也たちは皆、修学旅行出発時と同じ、茶色地のブレザーの制服姿だった。違うのは一点、首元につけられた首輪だ。5センチ幅ほどの金属製で、触るとひやりと冷たい感触がする。
 腕時計は11時を指していた。
 両サイドの窓には鉄板が打ち付けられ、ドアも外から封じられており、外が見えないので昼夜が分からない。
 しかし、バスに乗ったのが午前10時ごろ、その後しばら高志らとトランプゲームをしていた記憶があるので、「まさかあれから一時間しかたっていいないはずはない。たぶん夜の11時だ」検討をつける。

「大丈夫だから、大丈夫だから……」
 繰り返すのは、和田みどりだ。その周囲には、彼女が親しくしている尾田美智子と黒木優子 が身を寄せ合っている。 
 黒木優子はそばかすだらけの頬を青ざめさせ、唇をぎゅっと噛み締めていた。尾田美智子は涙を浮かべながらがくがくと震えており、その横には高志の姿があった。
 こんなときながら、ちゃっかりしてるな、と微笑む。
 高志は尾田美智子のことを好いており、目下のところ、「口説き中」だった。美智子は可愛らしい容貌をしているので、他の男子生徒からも人気が高い。高志なりに焦りながらアタックしているのだが、大人しい質の彼女は今のところ誰とも付き合うつもりはないようだった。


 と、「みんな、落ち着いて!」張りのある声が教室にこだまし、ざわめきが少し収まった。
 声の主は、津山都だった。隣に佐藤君枝 の姿も見える。
 都は、女子空手部の猛者で、男っぽい性格。髪をベリーショートにしていることもあって、少年のように見える。一部の口の悪い生徒からは「オトコオンナ」とかげ口を叩かれているが、本人は歯牙にもかけていないらしい。
 君枝は女子バレーボール部の主将で、クラスの体育会女子の中心的人物でもある。
 君枝とはほとんど接点がないが、都とはそれなりに親しくしていた。女子生徒たちは二人に任せれば良いだろう。
「可能性を考えよう」
 縁なし眼鏡をかけた鮫島学 が立ち上がった。
 有能なクラス委員長な彼はクラスでも信頼が厚い。皆の注目が集まった。
「オレは、11時前まで、野崎らとトランプゲームをしていた。その後、急に眠くなって座席に身を沈めたところで、記憶が途切れている」
「私もそんな感じ」
 都が後を次いだ。
「睡眠ガスか何かを、バスに撒かれたんじゃないかな」
 学の言葉に、比較的落ち着いているクラスメイトたちが頷いた。
「何かの冗談じゃなければ、強盗か、テロか……」
 学の視線は高橋教諭の亡骸にあった。どう見ても特殊メイクの類ではない。本当に彼は死んでいるのだ。
 しばしの沈黙の後、「プログラムか……」と安東和雄 がぽつりと言った。
 うっと誰かが息を呑む。一也も息を呑んだ。
 波紋。
 水面に小石を落とした後のように、静寂の波紋が広がった。

 誰もが可能性としては考えていたのだろう、異論は出なかった。
<以下、プログラム説明。よく知っている方は*マークまでの部分を読み飛ばしても支障ありません>
 プログラム。正式名称は「戦闘実験プログラム」。
 第1回は1947年で、毎年、全国の中学3年生の50クラスを任意に選んで実施、各種の統計を重ねている。
 その実験の内容は単純なもので、各学級内で生徒同士を戦わせ、最後の一人を優勝者とする。その際に各種のデータを取り、取られたデータは後(のち)の対外国戦略プログラムの基礎となる。
 ちなみに、優勝者には総統閣下直筆の色紙と生涯の生活保障が与えられるということだ。

 しかし、「戦略上必要なデータ取り」とされているプログラムのその実がただの殺人ゲームであることは、周知の事実だった。
 もちろん、この悪趣味極まりないプログラムが施行された当初には相当な反発があったらしい。
 だが、「国家反逆罪」の適用を受け、ことごとく殲滅させられていた。
 今では、表立ってプログラムに反意を唱える政党、勢力はなくなっている。
 これには、お国柄というものもあるのだろう。
 基本的にお上のすることには逆らわない気質の大東亜共和国民、飼いならされた民族にとっては、プログラムは対岸の火事のようなものだった。

 1年にたった50クラス。
 共和国内の中学3年生クラスの数を考えれば、それは「大勢に影響のない」数に思われた。
 一県あたりで考えると、県内すべての中学校から、せいぜい年に1クラス。
 生徒たちから見れば自分たちが、親たちにすれば自分の子どもが、プログラムの対象クラスに選ばれる確率は宝くじに当たるようなもののように感じられたのだ。
 しかし、今や一也たちにとっては、プログラムは対岸の火事ではなくなっていた。



 静まるのを待っていたのだろう、入り口の木の引き戸がガラリと軋んだ音を立てて開き、数人の男が入ってきた。
 それぞれが迷彩模様の戦闘服にコンバットブーツという姿で、数人はライフル銃を肩がけしており、腰のホルスターにも拳銃の銃把らしきものが見えた。
 専守防衛軍の兵士達だ。一也は思った。
 テレビで時々その練習風景が流れているし、街のあちこちに貼られている入隊募集のポスターでも迷彩服を来たモデルが最敬礼をしている写真が見れる。
 一也の視線はそのうちの一人に釘付けになった。
 せいぜい20代半ばの若い男だった。短く刈り込まれた茶髪、片耳のピアス、切れ長の三白眼に、にやけた笑顔。一人だけ戦闘服ではなく、ジーンズに髑髏マークの入ったTシャツというラフな格好をしている。

 その男は教卓のそばに立つと、からかうような口調で「着席!」と言った。
 生徒たちはすぐに動けなかったが、専守防衛軍の兵士が銃を向け、あごを引き、無言で「座れ」と指示してきたのでしかたなくバラバラと座りだした。
 皆、無言だった。
 席についた生徒たちの視線がその男に集中するなか、やがて、どこか投げやりなそれでいて茶化した口調で、男は「さーて、みんな、状況を理解してくれたみたいだなー。ご名答! このクラスは、今年度のプログラムの対象クラスに選ばれたぞぉ!」と宣言した。
 そこここで「ああ……」というため息が漏れる。
 その様子を満足げに見た男はさらに「と言うわけで、みんなには、これからちょっと、殺し合いをしてもらうぞー」と続けた。


 プログラムの、クラスメイト全員で殺しあう史上最悪のゼロサムゲームの、始まりの鐘が鳴った瞬間だった。



<残り32人/32人>


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野崎一也 同性愛者であることを隠している。