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039
2011年10月01日23時 |
<筒井まゆみ>
安東和雄と矢田啓太が陣取っている観光協会の二階、和室のうちの一室……その押入れの戸が音もなく開いた。
その中から血だらけの手がぬっと伸び、畳をつかむ。
そして、一人の少女が顔を出した。
自らの血に濡れた制服に身を包んだ中背の体躯、乱れたショートカットの茶髪に上がり気味の猫目、とがったあご先。
それは、筒井まゆみの姿だった。まゆみの身体には、安東和雄が刻み込んだマシンガンの弾丸の痕が残っていたが、しかしそれでもなお、彼女は生きていた。
撃った和雄は、彼女が死んだものとしてその生死を確かめず、その後流れた定時放送の死亡者リストに彼女の名前が入っていないことにも気が付いていなかった。
リストの聞き逃しはともかくとして、和雄が彼女が死んだものと判断したのは無理もないことだろう。
誰だってマシンガンの弾丸を食らい込んだ人間が生きているとは思わない。
では、どうしてまゆみが生きているのか。
それは、支給武器だった防弾チョッキが彼女の身を守ったからだった。
まゆみの支給武器は防弾チョッキとダイバーズナイフだった。
説明書には、鬼塚の手書きの汚らしい文字で「おめでとう! キミには二つの武器を支給するよ。うまく使って優勝を目指すんだっ。でも、防弾チョッキの力をあまり過信するなよ」とあった。
たしかに……そうだ。
まゆみは、思う。
弾丸のほとんどは防弾チョッキに飲み込まれたけれど、それでも気の遠くなるような痛みが身体に走っていたし(実際、今の今まで気を失っていた)、何発かはチョッキを突き破って身体にめり込んでいるような気がする。
また、防弾チョッキに守られていなかった部分、腕や足にも何発か食らったようだ。
傷の痛みを堪えながら(こらえながら)、まゆみは押入れから出た。
乾ききっていない血がぼたぼたと畳に落ちる。
開け放たれた障子窓から月明かりがもれ入り、部屋の中は存外に明るかった。
畳敷きの八畳間。普段はお茶やお華の稽古に使われているのだろう、それらしき道具が部屋の隅に置かれていた。
中途半端に開けられた障子窓の枠に手をかける。
窓の外、隣の部屋の前あたりに大きな松の木が立っており、この部屋の前にも枝木を伸ばしていた。
ふと思う。
アタシ、窓を開けた覚えがない。
……安東、か。安東が開けたのか?
和雄に撃たれた直後からずっと彼女は気を失っていたので、その後和雄が窓を開け矢田啓太を呼び寄せたことを知らなかった。
政府支給の腕時計を月明かりにかざすとじきに23時になるところだった。
息を呑む。
11時!
安東がこの建物に入ってきたのが今日の昼過ぎだから……アタシ、そんなに長い間気を失っていたんだ!
と、ここで、まゆみの背筋に冷たいものが走った。
……禁止エリアっ、夕方6時の定時放送を聞き逃している! 禁止エリアはっ、聞き逃した禁止エリアはどこ?
ほとんど半狂乱になりかけたそのとき、階下から何か水を流すような音がした。
続いて、ゴボゴボというこもった音。ドアの開く音がさらに続く。
この音を聞き、まゆみはほっと息をついた。トイレの水を誰かが流したのだ。
この下、一階に誰かいる。ということは、とりあえずこの観光協会を含むエリアは次の禁止エリアではないと考えていいだろう。
助かった。
そう思い胸を撫で下ろし……彼女は「アタシ……、何、喜んでんだ?」と頭(かぶり)を振った。
今、水を流したのは誰だ? そんなの安東に決まっている。安東のヤツ、アタシを撃った後この建物から出なかったんだ。
怒りの感情に彼女の身体が震える。
安東。アタシを撃った男。
と、一つの疑問が沸いた。
アタシ、なんで生きてる?
夕方6時の放送でアタシは呼ばれていない(当然だ、こうして生きているのだから)。じゃ、なんで安東はアタシに止めをささなかったんだ?
遅れて気がついた。
……そうか、こいつは、お笑いだ。
まゆみの顔に、あざけた笑みが浮かんだ。
安東のヤツ、アタシが生きていることに気が付いていない!
部屋の隅に置かれていた花生けから取り出した剣山を掴み、まゆみは和室から出た。探したのだが、支給武器だったダイバーズナイフは見当たらなかった。
きっと安東が奪い取っていったのだ。
しかし、こんなでも刃物は刃物。
人を傷つけることはできる。
木張りの廊下を抜け、階段へと進む。灯かりは勿論落ちていたが、天窓から月の明かりが入っていた。
手すりにできる限り体重を預け、足音を殺す。
彼女は和雄を殺すつもりだった。
*
まゆみのモットーは、「シンプルに生きる」だ。
飲みたいから、酒を飲む。寝たいから、男と寝る。金も取る。やりたいから、クスリもやる。
勉強はしたくないからしない。タバコは美味いと思わないから吸わない。
楽しそうだったから、不良グループに入った。つまらなくなったから、グループから抜けた。永井安奈(生存)と組んでみたくなったから、組んだ。
シンプルに。やりたいことをやる。やりたくないことはやらない。
この生き方が、アタシには似合っている。
ずっと、そう思ってきた。ずっと、そうやってきた。
もちろんこの生き方には摩擦はつき物だ。
楠のグループから抜けるときは、それなりにもめたものだ。リーダーの楠悠一郎から、暴力は受けた。羽村京子(生存)が止めに入ってくれなかったら、どうなっていたかは分からない。
だけど。だけど、やっぱり、アタシにはこの生き方が似合っている。
だが、さすがのまゆみのシンプルな思考も、このプログラムにいたっては滞りがちだった。
死にたくない。
さりとて、クラスメイトを殺したいとは思えない。
……結局、「できるだけ動かないで、誰にも会わないようにしよう、それからのことは後で決めよう」と考え、スタート直後から観光協会の建物の中に身を隠した。鍵はこじ開けた。安奈に教わったピッキングの知識が生きたのだ。
判断の先送り。
いつもはほとんど反射神経的に物事を決める彼女らしからぬ選択で、それなりにもどかしさも感じた。
が、やはり、クラスメイトを殺して回る気にはなれなかった。
まゆみは、二年の秋までは羽村京子ら不良グループと行動を共にしていた。
しかし、じきに飽き、不良グループから離れた。
その後しばらくは一人で悪さをしていたのだが、三年にあがったときに永井安奈や重原早苗と同じクラスになり、彼女たちとグループを組むようになった。
仲良くなる前、グループを組む前は、奇妙な取り合わせだと思っていた。
いかにも真面目そうな永井安奈と、元不良の重原早苗。
早苗とはそう親しくしていたわけではないが、彼女が荒れていたころに(私が言うのもなんだが、一年の頃の彼女はムチャクチャだった)一緒に悪さをしたこともあったのである程度はキャラクターを掴んでいた。
その彼女が、永井安奈、ふつーのごくツマンナイ女と一緒にいる姿は、当時のまゆみには奇妙に映ったものだ。
しかし、安奈が真面目に見えてその裏では相当の「悪さ」をしていたことを知るに至り、納得。
その後、半ば強引に彼女たちコンビに割り込んだ。
それでも最初は戸惑った。
言い方は悪いが、影でコソコソってのがアタシには合っていないのかも知れない。そう思った。
だがあるとき安奈が、
「そうね、あんたは開けっぴろげにやりたいのね。ずっとそうやってきたのね。でも……そういうスタイル、そろそろ飽きてきてない? ためしに影でこっそりやってみな? 案外面白いかもよ」と言ってきたのだ。
今、思い出してもたいしたことを言われたわけではない。
だけど……どう言うわけか、それからは安奈のスタイルで悪さをすることが「面白く」なった。
思うに、安奈は人の心をコントロールしたり誘導したりするのが上手いのだ。
不良グループにこそ入っていなかったが、一年の頃は、札を二、三枚つけてもお釣りが来るような不良だった重原早苗が一見真面目風になっていた理由も、ここで分かった。
彼女もまた何かしらの言葉を受け、感化されたに違いない。
仲間として受け入れたものの、危なかっしい行動をとるまゆみに安奈はハラハラしていたのだろう。だから、釘を刺した。
あの言葉は、単純にアタシのことを思い発したものではない。
意識してのものか無意識のものかは分からないが、それなりに彼女の恣意も含まれていたはずだ。
だけど、それがどうした?
彼女たちと組んで悪さをするのは、楽しい。
なら、それでいいだろう。
あれこれと理屈をこね回すのは、アタシじゃない。
安奈は、目立つことを過剰なまでに避けていた。しかしだからと言って「悪さをやめる」という選択を取らないところが、彼女の彼女たるゆえんだと、まゆみは考える。
それが彼女の魅力だと、まゆみは考える。
重原早苗のように心酔することはできないが……安奈にはやっぱり何か惹かれるものを感じる。
たしかに安奈の影響でスタイルは多少変った。
だけどそれを面白く感じるのなら、それがアタシのやりたいことだ。そうだ、安奈たちと組むようになってからもアタシはやりたいことをやっている。
シンプルに、やりたいことをやる。これが、アタシだ。
二階の和室の窓の外、左手に見えた大きな松の木。枝木が和室の前にまで伸びていたから、上手く伝えば一階を通さずにこの建物から脱出できた。
本来ならばそうするべき、普通の生徒ならばそうするのだろう。
撃たれた傷だって、気が遠くなるほど痛い、苦しい。
だけど……逃げるのは、アタシのやりたいことじゃない。
シンプルに。シンプルに、アタシは今、何をやりたい?
……殺す。アタシを撃った、アタシを傷つけた、安東を殺すっ!
まゆみの瞳が、強い意志と怒りに燃えた。
<残り21人/32人>
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筒井まゆみ
永井安奈や重原早苗と親しかった。
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