OBR1 −変化− 元版


037  2011年10月01日21時


<西沢士郎> 


 笑い顔をしていた姫子が小さな安堵を見せた。士郎のとなりに座る。
「西沢、変わってなくて、ほっとした」
「ん?」
「銃声何度も聞こえるし、悲鳴も聞いたし……。西沢、火傷で……こんな酷い状態になっちゃってるし……。でも、西沢の中身は、プログラムの前のまんまで、ほっとした」
 気の強い彼女らしからぬ物言い、そして、その瞳の端に浮かぶのは涙だ。
「変わって……ないかな、オレ」
「うん、変わってない。外見クール系なのにさ、どこかのん気なとこが、そのまんま」
 少し嬉しかった。
 自分がどんどん汚れてしまっているような気がしていたので、変わってないと言われると嬉しかった。
 また、マイナスの思考に囚われつつあったところだったので、のん気と言われるのが嬉しかった。
「お嬢もそのまんま、だね」
 お嬢というのは、姫子のあだ名だった。その名前からつけられたものだが、彼女の家も地主で金持ちなので、当たらずも遠からずというところだ。
 プログラムでも変わらない、さばさばとした姫子。
 女としては士郎の好むタイプではないが(士郎の好みはもっと女の子女の子した可愛らしいタイプだ)、友人としては最上だ。
 姫子も「恵まれた」タイプだが、堂々としている。やっかみを受けることも少ないようだった。
 彼女のようになりたい。または、三井田のようにゆらゆらとしていたい。時折、思ったものだ。

 一瞬の沈黙のあと、姫子が口を開いた。
「……やっと。やっとだよ」
「え?」
 反問を返す。
「やっと、落ち着けた。プログラムが始まってから、怖くて怖くてたまらなかった。ずっと震えてたの。アタシ以外みんな死んじゃえって、思った。アタシ一人だけ生きて変えることができればいいって、思った」
 姫子の言葉を聞いた士郎の顔色が失われた。
 それは、彼女に自分の影を見たからだった。
 乾く唇を舐め、彼女に語り掛ける。
「同じだよ」
「えっ?」
 今度は姫子が疑問符を返した。
「オレも同じだ。怖かったし、みんな死んじまえって思った。田岡たちが死んだのを見たとき、驚いたし悲しかったし怖かったけど、ちょっと安心もしたんだ」
「西沢……」
「これで、選手が減ったって思ったんだ。オレが生き残る目が増えたって思ったんだ」
 次の言葉は二人同時だった。
「さいてーだよね、アタシ」
「さいてーだよな、オレ」 
 互いの顔を見、くすりと笑う。
「でもさ」再び一緒に発する同じ台詞。そして「さいてーだけど」姫子の言葉に、「仕方ないよな」士郎が繋ぐ。

 そう、仕方がない。だって、誰だって死にたくないもの。他人を押しのけて生きるのが、人間だもの。
 だけど、積極的にクラスメイトを殺して回ることなんてできない。それも、人間だから。血の通った人間だから。


「きっと、あれだな。なんで落ち着いたか、も、理由同じだよな」
 士郎が言うと、姫子が「三井田……だね」政信の名前をだした。
「うん、なんか、あいつの顔を思い浮かべたら、落ち着いた」
 三井田政信。三年になってからの付き合いだ。まぁ、二人して夜の街にでかけて女の子を引っ掛けたり、年齢を偽って酒を飲みに行ったりと、あまり年齢にふさわしい遊びはしていなかったが。
 政信は好きなバスケット以外に関しては実にいい加減な男だった。勉強に関しても、女や友達との付き合いに関しても。少し気の短いところがあった田岡雄樹などは、よく腹を立てていたものだ。
 だが、どこか憎めない性質で、士郎は政信のそんなところが好きだった。
 士郎自身、決して真面目ではなく、どちらかと言えばいい加減な質で、加えて、気の長いのん気な質だったからかもしれない。政信とは気があった。
「あのいい加減な男を思い出したら、震えてるのが馬鹿らしくなってさ」
「アタシも」
 姫子がまた大口を開けて笑った。
 
 ペットボトルの水を飲み、「でもさ」両膝を抱える。
 火傷を負っている士郎を心配そうに見ながら、「うん?」姫子が返した。
「実際のところ、あいつ、どう思う? どうしてると思う?」
「わかんない」
 姫子が即座に答え、続けた。
「プログラムに乗ってクラスメイトを殺してる三井田。どこかで震えてる三井田。誰かを守っている三井田。……なんかさ、どれも違和感ないのよね」
「そうそう」
 頷き、「あいつ、その場の気分で行動変えそうだからなぁ」
「そそ、いい加減だからね。田岡くんとか、よく怒ってたよねぇ。また三井田に約束破られた! って」
 姫子がくすくすと笑う。
 そして、ふっと表情を暗くした。

「お嬢?」
「私もよく怒ったな、って思って」
 姫子と政信は一時期付き合っていた。その頃のことを思い出したのだろう。
「ほんとにいい加減だったからね。付き合い短かったのに、三度も浮気されたし。一度は飯島だしね! 同じクラスの女に手を出すかね、普通」
「あれは、遊びだよ。向こうもそんな感じだったみたいだし」
 飯島エリの長い髪を思い出しながら、言う。
「まぁ、ちょっとルール違反ではあるけどね」
「ちょっとじゃないって」姫子が苦笑を深める。
 姫子は「ああ、あんたたちのそう言うところが、むかつくし、憎めないのよね」腕を大げさに広げ肩をすくめる。
 いつもの調子を取り戻してきた自分に、少し安堵する。
 
 姫子が立ち上がり、お尻についた木の葉を手で払う。
「アタシが西沢みたいに気の長い性格してたら、もっと持ったのかな」
 質問ではなく自問に聞こえたので、黙っておく。 
 立ち上がった姫子は、じっと前を見据えていた。そして、小声を落とす。
「アタシさ」
「何?」
「アタシ、修学旅行中に、もう一度付き合ってって言おうと思ってたんだ」
「へぇ……」
「それなのに、こんなことになっちゃった。言えなかった。……まぁ、前からずっとなんだけどね。今度言おう今度言おうと思ってるうちに時間ばかりたっちゃった」
 姫子がふっと息をつき、「今までは『今度』って言葉を簡単に使えたのにね」続けた。
 今度か……。
 たしかに姫子の言うとおりだった。今までは明日も明後日も普通に回ってきていた。『今度』に満ちていた。気長にタイミングを待つことが出来た。
 しかし、プログラムに巻き込まれた今、士郎たちには決定的に時間がなかった。
「言えばいいよ」
「え?」
「次にあったときに、言えばいいよ」
 士郎らしからぬ強い口調になった。
 プログラム。今この瞬間にも死んでしまうような現状。『今度』なんて、次の機会なんて、そうそう転がっているものではない。士郎はよく分かっていた。しかし、言わずにはおれなかった。

 姫子もまた彼女らしからぬ表情を作った。
 強気な彼女らしからぬ、穏やかで少し寂しげな表情。
 そして、「そ、だね」と士郎の提案を受け入れる。「そだね、うん。次に会ったときに、言うよ。今度会ったときに、言うよ」姫子が荷物をまとめ、支給武器のアイスピックを右手に持ち、すっと一呼吸した。
 もともと小休止だったのだ。もう少し移動して、どこか家屋に入り込み、睡眠をとる予定だった。

「きっと、あいつはOKするよ」士郎も同じように荷物をディパックに戻しつつ、台詞を落とす。
「やっぱ、そう思う?」
「ああ、それも嫌になるほど気軽にな」
「そだね、三井田だったら、そうだね」
 姫子が笑う。

「小島、そろそろ移動するよ」
 演技かどうかは分からないが、寝ているように見える正の肩をゆすり、起こす。
 ややあって、正が顔を上げた。
「ああ……」
 正の声は篭った感じになっていた。
 どうやら本当に寝ていたらしい。
 考えてみれば、正の支給武器だった拳銃、グロック19は地べたに置かれたままだった。「フリ」ならば、手に握った状態にするなり、ポケットに入れるなりするだろう。
 穿った(うがった)ことを考えてごめん、と心の中で謝りながら、士郎も立ち上がろうと視線を地面に落とした瞬間、ひゅっと何かが風を切る音がし、「ひぐっ」と奇妙につぶれた声が聞こえた。
「ん?」
 何気なく視線をあげると、姫子が倒れるところが映った。
 彼女の手からアイスピックが抜け落ちる。
「野本!」
 勢いよく立ち上がり、彼女の元へと駆け寄った。

 姫子は身体をくの時に折り曲げて倒れていた。
 彼女の肩に触れたら、身体がゴロリと半転し、その拍子に力の抜けた両腕が宙を舞った。横を向いていた顔が上を向く。おびただしい量の出血。暗くてよく分からないが、かなり大きな血溜まりが出来ているようだった。
 そして、姫子の身体には一本の杭のようなものが刺さっていた。
 姫子の下腹のあたりから背中に抜けた、50センチほどの長さの木の杭。
 痛みも恐怖も感じる間もなかったのだろう、彼女は少し驚いたような表情をして、絶命していた。
 『今度』を奪われていた。『次』を奪われていた。もう姫子は、三井田に話し掛けることが出来ない。

「な、なんで!」
 涙よりも先に怒声が出た。
 信じられなかった。つい先ほどまで笑いあっていた彼女が、いともたやすく死んだことが信じられなかった。

 いつの間にか、正の姿は無かった。恐怖に駆られて逃げ出したのだろう。
 そして、ふと気がつくと、藪の中から木田ミノルが顔を出していた。
 その怯えた表情。
 瞬間、全てを理解する。
「お前だな?」
 確認ではなかった。
「木田、お前がやったんだな?」
 士郎の言葉に、ミノルはぶるぶると震えを返した。



<野本姫子死亡 残り21人/32人>


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