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036
2011年10月01日21時 |
<西沢士郎>
夕暮れの薄闇が夜の闇へと進み、雑木林は暗闇に支配されていた。
梢を越えて落ちてくるぼんやりとした月明かりだけを頼りだ。西沢士郎
は藪の中にぽっかりとあいた空間に腰を落ち着けていた。エリアとしては、北の山から少し南に下ったDの7エリアになる。
視線を上げると、山頂付近に、月をバックにした展望台の陰が見えた。
全体に小作りな整った顔立ち。上半身は裸で、包帯で巻かれていた。下は、修学旅行先の旅館で着るために私物として持ってきていた部活のサッカーパンツ。右ひざの下のあたりにガーゼが見えた。
秋の夜にしては薄着だが、負った火傷が熱を持っており、暑いくらいだった。
昼ごろ受けた爆風により、士郎は身体中に軽い火傷を負っていた。制服はその際に焼かれたのだ。
爆破のとき、上着に火が移った。
即座に脱いだのだが、上半身に火傷を負った。脚も一部焼かれた。支給の簡易医療セットに入っていた消毒液や包帯を使って一応の処置は施しているが、やはり心もとない。少しでも早くに、医師によるきちんとした治療を受けなければならないだろう。
顔面はとっさにバッグを盾にしてかばったので、頭部にはさほど被害がなかった。
右頬と頭髪を多少焼かれたが、頬の火傷はガーゼ一枚で覆えるほどだったし、前髪を焦がすに留まったので支給武器の小刀を使い切ることが出来た。
民家の窓ガラスに顔を映して切っただけなので、いつも行っている美容院のカットには遠く及ばない。不ぞろいで、洒落者の士郎としては不本意な有様になっていたが、贅沢は言ってられない。
火傷のせいだろう、ひどく喉が乾いた。
ペットボトルに口をつけ、身体に水分が巡る感覚に酔う。支給分はすでに飲み干しており、民家の庭先の水道や山の清水から注ぎ足ししている。
加賀山陽平、田岡雄樹、小島正(新出)、三井田政信、田中亜矢、野本姫子……。親しくしていた友人たちの顔が浮かんでは消えた。
このうち、加賀山陽平、田岡雄樹、田中亜矢の三人はすでに死んでいた。
そして、三人の死を士郎は見届けていた。
昼過ぎ、北の集落の児童公園に差し掛かったところで、士郎は三人の姿を認めた。広場の中央に三人で円になっているところを見かけたのだ。
男二人はハンドボール部で亜矢はそのマネージャーだった。
仲間内でも三人は特に親しく、また席も近かった。おそらくは説明時に紙か何かを回し、落ち合ったのだろう。
声を掛けようと近づいた士郎は、加賀山陽平が田岡雄樹を突き飛ばし、亜矢を抱きしめる場面を見た。何事かとさらに脚を勧めた瞬間、彼らの足元から爆破が起きた。
持ち前の運動神経がなければ、一緒に死んでいたのかもしれない。士郎はディバックで顔面をかばい、後ろに飛びのき、かろうじて難を逃れたのだ。
音と光と熱に焼かれた五感が回復した士郎の前に広がっていたのは、文字通り『地獄絵図』だった。散らばった肉片、爆破によってえぐられた地面。あちこちで燻ぶり続ける炎、火薬の匂い、肉が焼ける匂い、髪が焼ける匂い。
思い出すだけで恐怖を感じる。
陽平が雄樹を突き飛ばした理由は、士郎なりに見つけている。
おそらくは三人で集まり、集団自殺をしようとしたのだろうが、死の瞬間になって、陽平は亜矢と二人で死にたいと思ったに違いない。陽平も雄樹も亜矢のことを好いており、彼らなりに恋の鞘当があったようだった。
最期の一瞬に、独占欲に身を委ねた陽平。陽平に抱きしめられた亜矢。陽平に突き飛ばされ、結局は死んだ雄樹。
それぞれの今際の感情を思い、士郎はため息をついた。
その隣で、疲れた表情で膝を抱え、じっと前を見据えて座っているのは小島正だ。小柄な身体を制服に包んでいる。短髪丸顔で、一昔前の野球少年のような容貌をしている。実際には正はサッカー部で、士郎の部活仲間だ。
クラスのグループも部活も同じということで、士郎は彼と一緒にいることが多かったのだが、実はそれほど親しくしていたわけではなかった。士郎が一番親しくしていたのは、バスケットボール部の三井田政信だった。
田岡雄樹らと同じように(おそらく)、士郎は北の集落の郵便局で彼と待ち合わせをしていた。説明時に席が近かったため、正がメモを回してきたのだ。
正直なところ、彼と合流するかどうか迷った。
迷ったが、まったく逆の方向にも行けず、北の集落をふらふらと歩いているうちに、雄樹らの自決を目撃することになった。
ふと気がつけば、正の視線が自分に向いていた。
「なに?」
聞くと、正は唇の端をゆがめた。
「士郎は、怪我をしても男前だねぇ」
「ん?」
「キレイな肌だったのに、火傷しちゃってさ。髪も艶があってキレイだったのに、焼けちゃって……」
正の指先が、小刀で無理に切ったため不ぞろいになった士郎の前髪に触れる。
「ああ、ひどい目に……。ごめん、田岡たちが死んだのに、ひどいとか言っちゃだめだな」
自然にひどい目にあったと言いそうになった自分にどきりとする。
「ううん」
正は首を振って「でも、とっさに避けたんだろ。やっぱり、士郎は凄いね」続ける。
「凄い?」
「うん、俺だったら、きっと避けられない。動けなくて、爆発に巻き込まれて、火達磨だったと思う。ほんと、士郎は凄いね」
「……そんなことないよ、小島」
士郎は彼を苗字で呼び、彼は士郎を下の名前で呼ぶ。
「かっこよくて、女にもてて、頭がよくて、サッカーうまくて、家が金持ちで、とっさに避けれて……。神様って士郎に何でも与えてくれるんだね」
隠そうともしない正の羨み(うらやみ)。
正の本音が「それに比べて僕なんて……」「神様は不公平だ」等々にあることは重々承知していたので、あやふやな笑みで返す。
いつも正はそうだった。
何かにつけ、士郎を凄いと誉め、家が金持ちで羨ましいと言う。士郎が彼と親しくできない理由はそこにあった。
彼と一緒にいると、なんだか申し訳ないような気持ちになるのだ。恵まれて生まれてきて、すいません。そんな風に感じてしまう。
正の言うとおり、士郎は容姿も頭脳も運動神経もよかった。たいした努力なく(周りにはそう見えるらしい)、上位の成績や部活のレギュラーを勝ち取る士郎には常に羨望や嫉妬がついてまわった。
さすがに直接言われることはめったにないが、正のように遠まわしに言われることは多々あったし、そのような視線を浴びることは日常茶飯事だった。
学力や運動に関しては、それほど引け目は感じない。
それは、士郎が努力して手に入れたものだから。たとえ、生まれながら秀でた能力を持っていたのだとしても、それを伸ばしたのは自分自身だ。
妬み混じりの賞賛を受ければ、「ああ、俺って凄いだろ」と言い返してやるくらいのことは出来た。
ただ、家に関しては駄目だった。
士郎の父親は、地元では中堅どころの不動産屋だが、怪しげな商売にも身を染めているらしく、羽振りがいい。典型的成金タイプの父親に嫌悪感を覚えながらも、その庇護の下で恵まれた生活をしている自分が嫌になる。
と、士郎の脇の藪がごそりと動き、スリムジーンズに紺色のパーカーを羽織った少女が出てきた。丁寧に畳まれた制服を抱きかかえている。
「着替え、完了」
そう言って笑いかけてくるのは、友人の野本姫子(ほぼ新出)
だ。
彼女とはつい先ほど偶然に合流した。そのときは制服姿だったのだが、身動きのとりやすい私服に着替えたのだ。
腐葉土の地面にディバックを置き、その上に腰掛けていた士郎は、顔をあげ、姫子を見やった。すらっとした長身に、切れ上がり気味の一重の瞳、とがった顎先。肩を越える髪を自然に流している。全体にシャープなイメージの女だ。
士郎も彼女と似た雰囲気の容貌のため、二人が並ぶと姉弟のようにも見える(姫子のほうが大人っぽかった)。
姫子が、脱いだ制服の上着を士郎に羽織らせてくれた。
「気が利くね」言うと、「そんな裸同然のかっこのままじゃ、こっちが恥ずかしいっつうの」と姫子が笑った。
「男の裸なんて見慣れてるくせにー」
軽口を叩くと、姫子が大きな口をあけて笑った。
姫子は、三井田政信(黒木優子を襲った)の「元彼女」だった。二人が身体の関係にあったことは、政信と仲のいい士郎のよく知るところだ。
しばらくすると、正がうとうとと舟をこぎ始めた。
演技かな? と、うがったことを考える。男っぽく言うことがきつい姫子に正は苦手意識を持っているようだった。姫子と合流したときも、口には出さなかったが、少し不満そうだった。
士郎と姫子は仲がいい。自分の所在がなくなることを心配したに違いない。女の子と親しく話す部活仲間に劣等感を覚えたに違いない。
と、ここで、士郎はふっと眉を寄せた。
自分が優位な立場にいると認識すること、優越感を持つことに対する拒否感だった。
恵まれても慢心しないのはいいことなのだろうが、自分のこういったところが、人によっては嫌味と取られ、劣等感や競争心を煽ってしまうのだろうと士郎は考えていた。
また、こんな思考をすること自体が、驕り(おごり)ではないのか、とさらに意気を下げる。
不思議なものだ。普段の士郎はこのようなことを考えるタイプではない。だけど、家のことを言われると途端にマイナスの思考になる。
おかしな質だと自分でも思うのだが、矯正もできないままにここまで来てしまった。
<残り22人/32人>
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西沢四郎
加賀山陽平らの亡骸の近くにいた。詳細不明。
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