OBR1 −変化− 元版


032  2011年10月01日19時


<野崎一也> 


 辺りはすでに闇に包まれており、冷たい月明かりだけが世界を照らしている。
 野崎一也は、カーテンのすき間から、窓の外に広がる田園風景をぼんやりと眺めていた。窓を薄く開けているので、夜の外気がこの畳敷きの和室にも入ってきており、汗ばんだ肌には心地よい。
 中村靖史は茶箪笥を背に膝を抱えており、その中背の体躯からは疲労感が見てとれた。
 傍らには、靖史の「彼女」の木沢希美がいた。靖史の上着をかけられたまま、規則正しい寝息を立てている。本当は希美と靖史が交代し、靖史が休む頃合いだったが、「もうしばらく寝かしてやりたいから」と靖史が見張りを延長していた。

 靖史がぽつりと言った。
「生谷、残念だったな」
 高志は今日の昼の放送、第二回目の死亡者リストに入っていた。
「ああ、でも、高志だけじゃない……、みんな、死んだんだ。でも……」
 そう。高志の他にも、たクラスメイトが命を落としている。自殺を見届けた和田みどりなどとは親しくもしていた。
 それぞれの死に少なからずショックは受けた一也だったが、涙することはなかった。
 しかし、高志のときは、涙、した。結局、彼ら彼女らには悪いが、その死は高志ほどには重くなかったということだろう。

 みんな、死んだんだ。でも……、やっぱり、高志の死は、特別、だ。

 そして、一也は、仲間以外のクラスメイトの生死を強く安否していない自分に気がついていた。
 鮫島学や津山都、矢田啓太といった日頃一緒にいたクラスメイトには生き残って欲しいと思っているし、なんとかして再会を果たしたいと願っているが、他のクラスメイトたちのことを強く心配する気持ちにはなれなかった。
 結局、自分の命が大事。
 仲間以外のクラスメイトはどうなってもいい。
 そんな自分の心がとても汚らわしいもののように感じられ、一也は深く息をついた。

「藤谷とか、坂持、心配だな」
 ふと思いついて、一也は、靖史の友人たちの名前をあげる。
 靖史と同じ写真部で体格のいい藤谷龍二(新出)。龍二とは対照的に小柄で痩せた坂持国生。ともに気のいい性格をしており、一也は好印象を持っていた。
 二人は、少なくとも先ほど放送された死亡者リストまでには入っていなかった。
 あの二人が積極的にクラスメイトを殺して回っているとは思えない。
 だが、ゲームに乗っていないということは、誰かに殺されてしまう可能性が高いということだった。
 自分が鮫島学や矢田啓太の安否を気遣うのと同様に、靖史も仲間の生死を気遣っているはずだ。ゲームに乗ってしまっていないか、心配しているはずだ。
「ああ。坂持は、肝の据わったとこ、あるけど、龍二は、心配だ。あいつ、意外と気が小さいとこ、あるから……、もしかして、恐くて……、死ぬのが嫌で、プログラムに乗っちゃっているかもしれない」
 龍二の中学3年生にしてはいかつい、悪い言い方をすれば「ふけた」顔を思い浮かべながら、一也は一言、「そう……」とだけ返した。
 一也からしてみれば、おっとりとした藤谷が乗っているとは考えにくいが、この状況だ。誰が乗っていても不思議ではない。
 
 そして、一也は靖史のもう一人の友人、坂持国生のことを考えた。
 四国の香川エリアの出身で、実家を離れ、神戸の親戚の家で下宿しているはずだった。病気の治療で神戸の大学病院に通う必要があり、家を出たらしい。
 と、靖史が「委員長、大丈夫かな?」と言った。
 ちょうど、一也もクラス委員の鮫島学のことを思い出していたところだったので、軽くうなづく。
 出席番号が並びの学と国生は学習班が一緒になったり体育の授業でコンビを組むことが多く、割合親しくしていたようだ。
 その頭のよさからか周りの人間を下げて見がちな学も、いつだったか、病弱だが、その体の弱さを卑屈に構えず、ハキハキとした物言いをする国生のことを、「あいつは、根性あるな」と、認めるようなことを言ってた。
 一也も靖史も、国生から学のことを連想したのだ。

「サメと、なんとかして、会えないかな」
 一也はつぶやく。
「委員長か。頼りになるもんな」
 やや気位の高いところもあったが、しっかり者の学はクラス委員長としても、いち個人としても人望があった。
「ああ。あいつなら、この首輪をなんとか出来るかもしれない」
「なんとかって……?」
 靖史の不思議そうな顔。
「首輪の機能を解除できるかも知れないってこと」
 メタリックな光を放つ、爆弾つきの首輪。
 これがあるから、俺たちは自由が利かない。これさえ無くなれば……。一也がそう思っていると、靖史が軽く首を振って、「まさか。そりゃ、委員長は頭がいいけど……、そんなこと出来るわけがないよ」と言った。

 最初の説明の時、鬼塚は、この首輪は3重構造になっていて、一つの回路が故障してもすぐにカバーされる仕組みになっていると言っていた。また、無理に外そうとしても爆破される仕組みらしい。
 たしかに、機能解除は無理だと考えるのが順当だろう。
 日頃、学の万能振りを間近にみていたせいか、一也には彼を高く買いすぎる傾向があった。
 しかし、ここで、もう一つの事実に思い当たる。
「でも、あいつ、何かはやろうとしていると思う」
「何かって?」
「俺たちをこのクソゲームに巻き込んだ政府に対して、何か」
「ああ……」
 靖史も思い当たったようだ。「委員長、政府のやり口、気に入らなかったみたいだもんな」

 日頃から学は、政府への不満を口にしていた。
 ……もちろん、度が過ぎれば中学生でも子どもでも「思想に問題アリ」と見なされ、思想鑑別所に放り込まれるこのご時世、声高には言っていなかったが。
 これには、鮫島家の特殊な、いや、それこそこのご時世、「よくある」事情があった。
 学の父親はコンピューターソフト会社を営む実業家だったが、数年前、当局に挙げられ、今は樺太地区で強制労働に従事させられている。
 理由は、反政府運動に荷担したというものだった。
 普通は容赦なく警察に撃ち殺されるのだが、寄与の割合が低かったということと、父親が開発したウイルス解析ソフトが世間的に認められたものだったせいもあって、「減刑」されたという話だ。
 当時、学は小学生だった。
 父親の影響からパソコンに興味を持ち始めたばかりの彼にとって、コンピューターを縦横無尽に使いこなす父親はそれこそ「ヒーロー」だったらしい。
 その父に対する政府の所業。
「ぜったい、俺、いつか政府の横っ面を叩いてやる」いつだったか、学が言った言葉だ。
 基本的にクールなキャラクターをした学だが、あの時ばかりは情熱を持った強い眼をしていたのを今でも覚えている。


「そういや、野崎だって……」
 靖史が思いついた様子で言う。
「ああ、聞いてる?」
「少し、噂になってた時期があった」
「そっか」
 一也は一時期、政府が運営する思想統制院の児童別院に入れられていた経験がある。
「そんなに大きなことを言っていたわけでもないんだけど、たまたま引っかかっちゃったみたいでさ」

 思想統制院は、ここ2,3年で作られた新しいシステムだ。
 コンセプトは「危険思想の芽を若いうち(年のことではない)から摘んでおこう」というもの。思想鑑別所とは名前も内容も似ているが、統制院の方が比較的軽い罪のものが捕らえられる。
 処罰の基本は体罰。
 もちろん、「再教育」も行われる。
 入れられたのは二年も前の話なのだが、今でも鞭の跡が一也の身体には残っていた。
 自分が何を言ったのか、どんな「危険思想」を口にしたのかも覚えていない。
 ある種、見せしめ的な要素をもったシステムであるため、その程度でも収監されるのだ。
 誰に密告されたのかも今となっては不明なのだが、警官がいきなり家にやってきて、一也を統制院関西支部のある京都の嵐山地区に連れて行った。
 期間は一ヶ月ほどだったが、あの時の屈辱があったせいか、プログラムに巻き込んだ、こんなシステムを作った政府を一也はなおさらに憎く思っていた。

「だからかな」
「えっ?」
「俺さ、一年の時からずっと委員長……、鮫島と同じクラスだったんだけど、一年の時も二年のときも、あいつ、親しい友達をぜんぜん作らなかったんだ。ほら、ちょっとプライドの高いところあるだろ? 人付き合いを放棄するようなバカじゃないから、うまくクラスには溶け込んでいたけど、何て言うかさ、上手くいえないけどさ……」
「ああ、なんとなく分かる」
 学はその頭のよさからか、他人を見下してしまう傾向があった。もちろん、靖史が言うようにそれを表立たせるようなことはせず、上手く立ち回っていたが。

 思うに、勉強だけでなく、本当の意味で頭のいいヤツなんだ。
 一也はそう思いながら靖史の弁にうなづいた。
「だけどさ、三年になって、あいつ、変った。あれってさ、結局、野崎……」
「一也でいいよ」
「一也たちと仲良くなったからじゃないかなって、思うんだ」
 学とは、三年で初めて同じクラスになっていた。
「で、仲良くなったのは、きっと一也が統制院に入れられた経験があるから、なんだと思う。一也とか生谷なんかと仲良くなったから、あいつ、変ったんだと思う。だって、あいつ、坂持とかと親しくし始めたのも、三年になってからだもの」
 何て言うか、非常にくすぐったい事を言われたような気がしたが、靖史の言うことはだいたいであっているような気もした。

 ここで、靖史が、気づかうような表情で木沢希美の方を見た。
 希美は茶箪笥に背もたれたまま、静かな寝息をたてている。その希美に靖史が上着をかけなおす。

 ああ、なんか、いいな。この二人。
 一也は、また思った。
 そして、また、啓太のことを思った。
 あいつ、今、どこで、何してんだろ? あの人のいい啓太がゲームに乗っているとは考えにくいけど……。



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