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031
2011年10月01日19時 |
<坂持国生>
坂持国生は、力ない足取りで農道を進んでいた。コンクリは敷かれてから相当に年月がたっているらしく、泥にまみれ、あちこちに轍のあとができていた。周囲では、刈り入れの終わった田畑が月明かりに照らされている。
先ほどまでは両サイドともに田畑しか見えなかったが、ぽつぽつと民家の影が出てきている。もう少し歩けば、北の集落へとたどり着くのだろう。
腹立たしかった。
自分を殺し合いの場へと導いた政府が腹立たしかったし、まんまとその手の平の上で転がされ、クラスメイトの命を奪った自分が腹立たしかった。
向こうから襲ってきたとはいえ、正当防衛だったとはいえ、相手が不良グループの楠悠一郎で、机を並べて一緒に勉強していたとはいえないとはいえ、自分が人を、クラスメイトを殺してしまったことには変りはない。
ふと、思う。
もし父さんが生きていて、このことを知ったら、俺がプログラムに巻き込まれたことを知ったら、どう思ったんだろう? クラスメイトを殺したと知ったら、どうしたんだろう?
……きっと、喜んだんだろうな。
国生は、自虐的な笑みを浮かべた。
すでに他界しているが、かつて香川県政府の高級官僚だった国生の父親は、プログラム担当教官の任についていた。
国粋主義者でもあった彼は、政府のやることに何の疑問も抱いていなかったらしい。
プログラムの趣旨にも賛同しており、自ら生徒の命を奪うようなことまでやっていたようだ。
物心がつく前に死んでしまったので(プログラム中に担当クラスの生徒に殺されたのだ)、どのような人間であったのか国生自身の目で確かめたわけではない。
しかし、プログラム担当官だったという事実、生徒の命を奪っていたという事実だけで十分だった。
きっと。きっと、喜んだに違いない。
自分の息子がプログラムで結果を出したと聞いたら、喜んだに違いない。
なんてヤツ。さいてーじゃないか。
腹立たしかった。
以前から死んだ父親のことを軽蔑していた国生だが、実際にプログラムに巻き込まれた今、さらに深く軽蔑し腹を立てていた。
しかし、「楠を殺してしまったのは、自分に父親の血が流れている証拠なんだろうか」と意気を下げる。
……いや。
国生は頭(かぶり)を振り、思いを否定した。
いや、俺は、俺だ。俺は、父さんとは違う。
俺の父親は実に最低な人物だった。
だけど、それがどうした。父さんと自分とは違う。俺は俺。成り行きで楠を殺してしまったけれど、俺は、プログラムなんかに乗らない。
国生は自分にそう言い聞かせ、ぎゅと手の平を握った。
*
襲ってきた楠悠一郎を返り討ちにし、彼が使っていた探知機を入手した国生がしたことは、「生存者を探すこと」だった。
既にクラスの数人が命を落としていた。また、生き残りの何人かがゲームに乗ってしまっているいることは明白(楠もその一人だったのだろう)だったが、まともな精神を保っている生徒は、自分のようにゲームに乗りたくないと思っている生徒は、まだ数多くいるはずだ。
なんとかして、そういった仲間と合流したかった。
そして、このプログラムに巻き込まれた結果、軌道修正の加わった目的を果たしたかった。
しかし、レーダーに反応するのは赤い点滅、つまり死者だけだった。
見つけたのは、生谷高志と佐藤君枝だった。
Hの5エリア、南の集落入り口付近にあった竹薮の中で、高志と君枝は折り重なるようにして倒れていた。この二人はマシンガンのようなもので殺されたらしく、身体は孔だらけ、とくに高志の身体はかなりひどい状態になっていた。
ただ、二人の亡骸には弔いのあとがあった。
いったい誰が……と、疑問に思う(高志らを殺した安東が、涙を流しつつ彼らの亡骸を整えたことを国生は知らなかった)。
そうこう考えているうちに、だんだんと民家と民家の間隔が狭くなってきた。立ち止まり、首にかけたパスケースから地図を取り出し、あたりの景色や標識と見比べ位置を確認する。
エリアはEの3で、すでに北の集落に入っていた。
さて、この集落の中、まずはどの方向へ向うべきか。
歩き始めた瞬間、国生の身体がフラリと揺れた。もともと病弱な国生は、体力面でも芳しくない。そろそろ自身が限界に来ていることに、彼は気が付いていた。
ここで倒れては元も子もない。
身体をかばいつつ、国生は生谷高志と佐藤君枝のことを考えてた。
あの二人が一緒にいたのは、謎と言えば謎だ。
佐藤君枝は仲間の飯島エリあたりと組んで、よく尾田美智子(黒木優子が殺害)をいじめていたが、生谷高志は美智子のことを好いていた。
そういったことから、二人の仲はあまり良くなかったはずだった。
「なのに、なんで、一緒にいたんだろ」
疑問を口に出す。
どんなやり取りがあったかは分からないけど、少なくとも友好的なものではなかったろうな……。いや、生谷なら佐藤を受け入れて守ろうとしたかもしれない。あいつは、そういうまっすぐな男だった。
そこに、誰かが現れて……。という所か。
彼らは、もう、死んでしまったんだ。
みんな、あんなに健康だったのに。ぜったい俺の方が、病気をしている俺の方が、先に死ぬと思っていたのに……。
国生は肝臓に疾患を持っており、小さな頃からおぼろげに、「きっと長くは生きられないんだろうな」と感じていた。
今は香川の実家を出、伯母夫婦の家から神戸の大学病院に通院、最新の治療を受けているが、それでも病状の進展は芳しくない。
国生は常に自らの死を身近に感じ、生きてきた。
しかし、このプログラムで、この史上最悪の生き残りゲームで感じる「死」は、今まで感じてきたものとはまったく異質のものだった。
あまりにも理不尽な死。
クラスメイト全員、たった一人の優勝者を除いたクラスメイトたちに、自分に、理不尽に訪れる死。
チクショウ。
ここでもやはり国生の腹を立てさせるのは、父親の存在だった。
チクショウ、なんで、父さんは、こんなクソみたいなものの進行役なんかしてたんだ?
なんで、俺には、そんな男の血が流れているんだ……。
ここで、「あっ」国生は短く切った声を上げた。
他の選手の存在を知らせる探知機に新たな反応が出たのだ。
しかも。
「複数、だ」
探知機には複数の反応が出ていた。
赤い点滅なら、死者。青い点滅なら、生存者。そして、今の点滅の色は……。
<残り22人/32人>
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坂持国生
香川県出身。父親がプログラム担当官をしていた。楠雄一郎に襲われるも、返り討ちにした。
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