OBR1 −変化− 元版


028  2011年10月01日19時


<三井田政信> 


 木立の陰、膝丈ほどの下生えの中、農機具倉庫をバックにした黒木優子にショットガンを差し向けながら、政信は下卑た笑いをあげた。
 三井田政信。今はその頭に巻いた白地のタオルによって隠されているが、普段は耳にかかるテンパぎみの髪に、目じりが落ちる細い瞳。その長身には部活で鍛えた筋肉が乗っていた。
 もともと細い目を二イイと細め、政信は笑う。
「お前って、笑うと矢田以上に人が良く見えるよな」
 友人の西沢士郎(元版には出てこない生徒です)によく言われた、人の良さそうな笑顔だ。
 彼はよくその後に「実際は違うけどなー」と付け加えて笑っていた。
 「いい加減さ」や「気だるさ」「不真面目さ」が政信の主たるキャラクターだったが、何よりも彼を最大限特徴づけているのが、その女性関係だ。
 「来るもの拒まず」これが彼のモットーだったし、積極的に女の子に声をかけていた。
 結果、15にしてなかなかの女性経験を積んでいる。
 クラスでも、野本姫子(新出)やテニス部の飯島エリと関係を持ったことがある。
 しかし、どこか憎めない性格のおかげか、皆から親しまれていた。

 ゲームに乗るかどうか正直なところ迷ったのだが、開始後しばらくして鳴りはじめた銃声を聞いて腹をくくった。
 よし、俺も乗ろう。クラスメイトを殺し、生き残ってやろう。
 そう考えた。
 政信にはやりたいことがあった。バスケットが好きで、その技術は高い。もしかしたら、将来は好きなバスケで飯が食えるかもしれない。そんな風に考えていた。
 さて、ゲームに乗ろうと考えた彼、また支給武器にも恵まれショットガンを手にした彼だったが、積極的にクラスメイトを殺して回るつもりは無かった。
 だから、スタート直後にEの6エリアの雑木林に腰を落ち着けてからは、まったく動かなかった。
 戦いは極力避け、弾数や体力を温存し、ここぞというときに弾をばらまけばいい。
 そう考え、動かなかった。しかし、30分ほど前から響き始めた銃声には、興味をもった。今まで聞こえてきた銃声は遠く、面倒で確かめたいとは思えなかったのだが、今度はかなり近い位置から聞こえてきたのだ。
 興味。恐怖よりもまず、「誰がこのゲームに乗ったのかな」という単純な興味が先に立った。
 俺、死ぬよなぁ。
 苦笑まじりに政信は思ったものだ。
 何もわざわざ危険な場所へ行かなくても。と、政信の心の冷静な部分が忠告を投げる。しかし、政信の本質的な部分はこう切り返したのだ。
 ……でもさ、死んだらそのときはそのときっしょ。
 親は泣くだろうし、他のクラスのベイビーちゃんたちも泣くだろう(同じクラスのベイビーちゃんたちは死んじまうから泣くことが出来ない)。
 ま、でも、しばらくしたら、俺のことなんて忘れるさ。
 いいよー、ベイビーちゃんたち。俺のことなんて忘れちまいな。で、もし、生き残れたら俺が優勝できたら、また会おうなぁ。

 結局、政信は隠れていた雑木林から出、銃声の聞こえた方角へ向った。
 すぐに音がやんだ場合、その元を見つけることは出来なかったろうが、幸いといっていいのか銃声は何度もしたし、誰だか分からないが大きな声もした。
 そして、古びた農機具倉庫の手前、重原早苗が倒れるそばにたたずむ黒木優子を見つけたのだ。



 正直な所、驚いた。
 逆なら分かる。重原早苗は元不良だ。早苗が立ち黒木優子が倒れていたのなら、分かる。しかし立っていたのは、黒木優子だった。彼女は普段ごく普通の女の子にしか見えなかった。だが、そんな彼女が重原早苗をやってのけたのだ。
「やるねぇ。ほんと、すげぇよ、お前」
 ショットガンをしっかりと構えた後、ぺロリと舌なめずりをする。
 夕闇の中、農機具倉庫をバックにした黒木優子は扇情的な姿だった。下着の上から直接制服の上着を羽織っているだけの姿。前ボタンをきちんと留めていないので、白い肌やブラジャーが制服のすき間に見える。

 政信は制服の上着から下着や肌を覗かせている優子を一瞥した。
 教室では地味に見えていたが、結構かわいいんじゃねーの、こいつ。艶の無い赤茶けたふわふわの長い髪。そばかすだらけの頬。力のある一重の瞳。美人とは言えないが、まずまずはチャーミングだった。
 そんな政信の欲情を感じ取ったのだろうか、優子は妖艶に微笑むと、「ねぇ、やりたい?」と訊いてきた。
 ひゅっ。政信は軽く口笛を吹いた。
 ますますやるねぇ。こんなときなのに誘ってきやがったよ、こいつ。
「ね、やらしてあげるから、見逃してよ」
 迷った。やってしまおう、適当にいたぶってから殺してしまおう、とも考えたが、やはり危険だった。
 ショットガンを向けたまま黙っていると、彼女は上げていた左腕を下ろした。
 銃口を優子に近づける。
「手、下ろすんじゃねーよ!」
 優子は、それに従わなかった。肩掛けしていたスポーツバックとディパックを降ろし、制服の上着を脱ぐ。月明かりに、優子の白い肌が映えた。
 傷が痛むのだろうか、顔をしかめながら優子は苦労してブラのホックを外した。
 露わになった優子の乳房を見、もう一度政信は口笛を吹いた。
 いい身体してんじゃん。
「ね、どう? 悪くないでしょ? 私って」
 くいっと、優子が首を横に向ける。その先にあるのは古びた農機具倉庫だった。
「ほら、そこ。倉庫がある。あそこで……、どう?」
 上目使いの媚びた目。

 どうする?
 政信は迷った。
 こいつ、やっぱ危険だ。ショットガンにもあんまり動じていないし、自分から誘ってきやがった。
 ここで優子がふっと笑った。
「迷ってる? あたしがあんたを殺そうとしてると、思ってる?」
「あたり、だ」
 政信はごくりとつばを飲み込んだ。
「でも、あんたのそれは、やりたそうだよ」
 チラリと視線を政信の股間にやった優子が、クックと笑った。
 政信のそれは制服の上からでも分かる程度に、まぁ、勃起していた。
 あわせて政信もニヤリと笑う。
 ああ、そうさ。勃ってるさ。やりたいさ。いつ死ぬかもしれない、この状況。最後に女とやっときたいと思うのは、男として当然だろ?

 緊迫した、ショットガンを差し向け対峙する、この緊迫した事態に不釣合いな笑顔と笑顔。
 やるねぇ。
 政信は思った。
 やるねぇ。たいした女だ。俺はもともとこんな味だが、普段のおたく、こんなときに笑えるヤツには見えなかったぜ。……どっちがほんとの姿なんだい?
 そんな政信の心を知ってか知らずしてか、優子は冷静な口調で話を続けた。
「抵抗なんて、しないよ。そんなの向けられたら、どうしようもないよ。それに、あたし、怪我をしてる。あんたに敵いっこないしね。諦めたよ、あんたに任せる」
 優子はそう言うと、投げやりな口調で続けた。
「この場で殺すなら、殺しな。やりたきゃ、やりな。……あんた、来るもの拒まずって感じだったから上手いんでしょ? だったらいいよ。最後に私だっていい目見たいしね。それにあたしは、あんたのことはっきり言って好みだったし、別にいいよ」
 この女……。
 政信は言葉がなかった。
 こいつ、こんなはすっぱな女だったのか?
 ふつーに見えたのになぁ。普通のどこにでもいる女に見えたのに、な。
 だけど。
 ごくり、政信は喉に唾液を落とし込んだ。
 だけど、そう、こいつが言う通り、俺の信条は「来るもの拒まず」だ。それに、まず……、やりたい。

「よし。入れ」
 そう言って、政信はショットガンの銃口を農機具倉庫に向ける。
「レディーファースト、だ」
 得意の下卑た笑いを続けたが、優子はこれに反応せず、一言「わかった」とだけ答えた。
 一瞬、優子の目が妖しく光る。
 優子自身は「うまく政信を乗せた」と思ったのかもしれない。しかし、政信は優子の表情が変ったことに気がついていた。
 この女、やっぱり隙を見て俺を殺す気だ。どうしてやるか。

 倉庫の扉には、鍵がかかっていなかった。
 農機具倉庫に入る優子の後に続きながら、政信は軽く笑った。
 簡単に隙はみせねーよ。とりあえず縛って自由を利かなくしてから、十分に可愛がってやるさ。
 優子に指示し地面に置かせた小型の拳銃(ワルサーPPK9ミリ)を拾い上げる。
 そんで、こいつでズドンッだ。
 ショットガンを使うつもりは無かった。至近距離でショットガンを使ったら、優子の身体を必要以上に損傷させることになる。
 それは、ちょっと。寝覚めが悪い。スプラッタは苦手なんだ、俺。ま、せいぜいキレイな死体になりなよ。死んだ後、花ぐらいは添えてやるよ。
 まぁ、負けたらそんときはそんとき。痛くしないでーね。優子サン。

 そのキャラクターが幸いしたのか災いしたのか、政信は「死」に対する現実感をあまり感じていなかった(恐怖感はもちろんある。他の生徒に比べると幾分薄い恐怖感だが)。
 それは、この状況下、稀有なことではあっただろう。
 でもま、俺が勝ちそうだし?
 ヒヒャハッ
 優子の白い背中に欲情の視線を向けながら、政信はもう一度下卑た笑いを見せた。



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