OBR1 −変化− 元版


023  2011年10月01日18時


<結城美夜> 


 すごい。すごい。
 深い茂みの中で結城美夜(新出)は興奮していた。
 ほんと、すごい。本当に、あの人、死んじゃった。
 先ほどの放送で流れた死亡者リストを思い出し、美夜は歓喜に震えた。普段は血の気が感じられない青白い肌に、うっすらと朱がさしている。黒目がちな一重の瞳の上、眉上数センチのところで前髪はきれいに切りそろえられていた。
 その胸元には、子猫ほどの大きさの和人形が一体。黒地の着物に身を包んでおり、美夜と同じように眉上で前髪を切りそろえた少女体だった。

 ああ、美夜子。私の、美夜の、子。美夜の、子ども。すごいわ、美夜子。あなた、ほんと、すごい。
 美夜が「美夜子」と名づけたこの和人形が彼女の支給武器だった。
 一風変わった支給武器だが、鬼塚の手書きの説明によると、この人形は『呪いの人形』だそうだ。
 鬼塚の汚い字で、『殺したい相手の名前を彼女に念じるんだ! 上手く届けば願いがかなうぞ!』と書かれており、さらにこんな説明も続いていた。『過去、これと同じような人形を支給されて優勝した生徒もいるぞ! 気を落とすなよ!』

 支給された人形を見た彼女が最初に念じたのは、不良グループの楠悠一郎(坂持国生を襲うが返り討ち)だった。
 特に楠に恨みを持っていたわけではない。
 ただ単純に、彼のことを恐れたからだった。日頃から乱暴を働いていた彼は、美夜にとっては恐怖の対象でしかなかった。自身が楠悠一郎と出くわしてしまう前に、彼には死んでいて欲しかった。
 効果があったのか無かったのか、悠一郎は早々にリタイアしたようだ。
 ニイイ。彼女は薄笑いを浮かべる。
 すごい、すごい。美夜子、あなた、ほんとにすごい。
 そうなのね。美夜子、あなたは殺してくれるのね。美夜の嫌いな子たちを殺してくれるのね。ああ、美夜、あなたみたいな子どもを持って、ほんと、幸せ。
 
 もちろん、ただの人形に呪いをかける力などあるわけがない。
 政府としては、プログラム進行役の鬼塚としては、この和人形は「ハズレ武器」として支給武器のリストに入れていたに違いない。 
 しかし、彼女にとって、事実の正誤はどうでもよいことだった.。
 美夜子と一緒にいれば、恐怖が紛れる。それだけが、彼女にとっての事実だった。
 
 美夜は念じる。二人の少女の死を。
 まずは……、羽村京子。
 羽村京子は、ここ最近の彼女の「敵」だった。しつこく虐められたわけではないが、時折呼び出されて暴力をふるわれていた。また、美夜はもともとは腰のあたりまでの長い髪だったのだが、夏前に京子に「うぜぇんだよ、その髪」と切られており、彼女は恨みに思っていた。
 次に……、重原早苗。
 美夜は重原早苗と一年生のときに同じクラスだった。この頃の早苗は荒れた生活をしており、美夜はその犠牲となっていた。
 二年生に上がるときにクラスが離れたが、三年のクラス替えでまた同じクラスになってしまった。今年の春、クラス別けの配布プリントに早苗の名前を見て、美夜は暗鬱たる気持ちになったものだ。
 しかし、二年の時に何があったのか、早苗はすっかり落ち着いており、真面目な普通の生徒になっていた。
 気構えていた美夜はこのことにひどく驚くとともに、「何、真面目ぶってるの? 昔、あんなに美夜のことを虐めたくせに」と思ったものだ。

 そう、最近はあの子、美夜のことを虐めてこない。でもやっぱり、一度でも悪い事をしていた子は死ぬべきよね? そうよね?
「ねぇ、美夜子?」
 ニイイ。
 青白い顔が薄笑いの表情を、紅い唇が狂気の感情を形どる。

 ……殺して。殺して、美夜子。
 殺して、殺して、殺して。殺しっ、殺して、殺して、羽村、殺して、京子、殺して、殺して、重原、殺して、早苗、殺して、殺して、殺してっ、殺して、殺しっ、殺して!

 高木低木の入り混じった深い茂みの中、胸のあたりに人形を抱きかかえ、美夜は羽村京子の死を、重原早苗の死を、クラスメイトの死を願いつづける。呪詛の言葉を吐きつづける。
 二イイ。ここで、彼女は再び笑みを見せた。意識などしてなかった。自然と顔が狂った笑みを作った。美夜は狂気の世界へ、望んだ世界へと確実に足を踏み入れつつあった。



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