OBR1 −変化− 元版


021  2011年10月01日18時


<野崎一也> 


 新たな死亡者はなし……か。
 放送を聞き終え、一也 はふっと息をついた。
 今一也がいるのは、こじんまりとした平屋作りの民家だった。
 集落からだいぶんはずれた位置にあり、エリアとしてはCの8になる。調度品などから想像するに老夫婦が住んでいたようだ。島の住人は強制的に一次退去させられており、この家にも人の気配はなかった。
 右腕につけたビーンズの腕時計を窓から差し込む夕刻の光にかざし、もともと大きくはない切れ長の瞳を細め見る。
 夕方6時。本当ならば、修学旅行先の旅館で2日目の早い夕食にありついている頃合だった。

 ……ま、食事には不自由していないけれどな。
 一也が隠れている居間のテーブルの上には、様々な缶詰の空き缶が並べられていた。
 全てこの家の納戸で見つけたものだった。最初に渡された政府支給の乾パンには口をつけていない。理由は単純明快。不味そうだったからだ。
 思いのほか落ち着いてきていることに自分のことながら驚いていた。
 皮肉屋一也。幼なじみの生谷高志には、よくそう言ってからかわれている。
 いや、「からかわれていた」と言うべきか。高志が一也をからかってくることは、もうありえなかった。今日の正午放送の死亡者リストのなかに、高志の名前があったからだ。
 その放送を聞いた後、しばらく一也は小一時間ほど高志のために泪を流した。
 もう、からかいあったり、悩みを相談しあったりすることは出来ないんだな。
 そう思い、泪した。


 一也の悩み。それは、同性愛者であることだ。そして、高志はつい先日まで一也の秘密を知る唯一の人物だった。
 大きな秘密だ。幼なじみの高志とはいえど、躊躇なく話せる秘密ではなかった。
 悩みに悩んだあげく打ち明けたとき。一也が「俺ってば、変態だった」と告白したとき。高志は笑いながら一言、「やっぱ、お前って変ってるわ」と答えて来ただけだった。一也が昔からよく知ってる高志のままでいてくれた。
 ……そんな、高志が。
 一也の視界が再び涙に滲む。
 滲んだ一也の切れ長の瞳には、教室から出て行く寸前に一也ら仲間に視線を向け、その後、支給のディパックを一度高くあげてみせた最後の高志の姿が映っていた。

 だが、今現在、この世には一也の秘密を知るものが一人だけいる。
 矢田啓太だ。
 この修学旅行が始まる前日、つまり一昨日の放課後、一也は啓太に「好きだ」という告白とともにカミングアウトしていた。
 啓太はとりあえず拒否反応を示すことは無かった。「修学旅行中、考えて見るよ」そう言っていた。
 「気持ち悪い奴だな」と言われることを覚悟していたし、まさか「少し考えさせて」という答えが返ってくるとは思ってもみなかった。
 もちろん、付き合うとか、そう言った意味で想いが届くとは思ってはいない。好きだと言ってくる同性の一也を、友人として受け入れてくれるかが問題だった。

 その矢田啓太はまだ生きている。少なくとも正午放送までの死亡者リストの中にはなかった。
 あいつは……、啓太は、プログラム開始から誰も傷つけていないのだろうか? もしかしたら。もしかしたら、このゲームに乗っているのでは?
 いや、まさか。
 いかにも人の良さそうな啓太の柔和な顔立ちを思い浮かべながら、一也は自分の考えを打ち消した。
 そして、好きな相手すら疑ってしまう現状を呪う。


 と、ガタンッ!
 台所の奥、勝手口のあたりで物音がした。ビクリと脈を上げた身体の震えを抑えながら、音を立てないよう静かに立ち上がる。
 一也が身を潜めている居間は台所とふすま一枚しか離れていない。
 ドアノブを回す音が居間にまで響いた。
 誰か、来た……。
 この家に隠れてから初めての来訪者だ。複数だろうか。味方となってくれる者だろうか、それとも……。
 一也はゆっくりと深呼吸を繰り返した。

「大丈夫……」
 小さく呟く。
 入る時にはかかっていなかった勝手口の差込錠は落としてあった。
 窓ガラスを割らない限りは入ってこれないはずだった。
 一也は、死んだ生谷高志のことを考えて滲んでしまった視界を、ぐっと制服の袖で拭い、居間の窓にかかった厚手のカーテンのすき間から外を盗み見た。
 夕刻で多少は薄暗くなってきているが、まだ外の様子はうかがえる。居間のある側面からは誰の姿も認めることが出来なかった。
 そうこうしているうちに、ガラスの割れる鋭い音が響いた。
 台所にも人が出入りできるぐらいのガラス窓があった。その窓が割られたのだ。
 唾液を喉に通す音がひどく大きく聞こえた。
 拳銃のグリップを握りしめる。その手は嫌になるぐらいに汗ばんでいた。



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同性愛者であることを隠している。