OBR1 −変化− 元版


018  2011年10月01日15時すぎ


<矢田啓太> 


 午後5時、かげり始めた陽が窓に暖かな光を射している。
 ぼんやりと座り込んでいる安東和雄の横顔を見やり、啓太はふっと息をついた。
 啓太が今いるのは、観光協会の建物の一階だ。役所の出張所のようなものなのだろう、一階の大半は事務室が占めていた。
 また、この建物は文化会館も兼ねているらしく、入り口横のボードには、お茶や踊り教室の開催日が書かれた手書きのポスターが貼られていた。
 二階建てで、一階部分には、事務室や宿直室、倉庫室があり、二階部分には和室が並んでいた。押し入れに入りきらないのか、それぞれの部屋の隅には椅子や机、座布団などが積み上げられており、雑然としていた。

 
 数時間ほど前にその死を見届けた尾田美智子の亡骸は、ロビーの古びたソファに横たえてある。
 乱れていた衣服は整えてあり、濡れタオル(島の電気、ガスは止められていたが、水道は生きていた)で顔や手足を拭ってやっている。
 時間が経ち体温は抜けたが、目を閉じている姿はただ眠っているかのようだった。

 観光協会の建物から彼女が黒木と争っているのが見え、思わず駆け寄ったのだが、時既に遅く助けてやることが出来なかった。
 彼女は明るい性格で、笑顔の可愛い女の子だった。
 男子内の人気ももちろん高く、仲間内では死んだ生谷高志(安東が殺害)あたりが相当「お熱」だったし、啓太自身もちょっといいなって思っていた。
 だけど、もう彼女は話すことも笑うことも出来ないのだ。
 しかも、彼女をこんな風にしたのは、彼女の友達だった黒木優子(生存)だ。
 彼女は黒木優子に襲われたときに何を思ったのだろう。と、啓太は首を振った。

 美智子が残した「逃げて」と言う言葉。
 襲撃を受けたにも関わらず、美智子は優子を守ろうとしたのだ。その心情は測りきれるものではないが、啓太の胸はズキリと痛んだ。
 島のあちこちに仕掛けられているスピーカーから聞こえてくる定時放送で、多くのクラスメイトが命を落としていることは理解していたが、間近に見るのはこれが初めてだった。
「本当に殺し合いが始まっているんだ……」
 思わず口に出してしまい、和雄に訝しげ(いぶかしげ)な視線を送られる。

 その安東和雄の顔をちらりと盗み見た。
 美智子の亡骸を整えたとき、ドギマギしながら彼女の身体に触れる啓太に比べて、和雄は平然としていた。「やっぱ、安東って大人だなぁ」と感心したものだ。
 背丈こそ啓太の方が頭一つ高いが、童顔の啓太と比べるまでもなく、和雄はどこか冷めた印象を与える大人びた容貌をしていた。
 性格も相応で、啓太は和雄が親しい友人たちと馬鹿騒ぎをしているのを見た事がない。
 かと言って協調性がないと言うわけでもなく、ちゃんとクラスにも溶け込んでいた。
 
 安東は女の子との経験があるのかな。そ、それとも死体に触ったことが?

 和雄とは数時間前に合流していた。
 観光協会の建物の前を通りかかった時に、二階の窓から顔を出した安東和雄に声をかけられたのだ。「このゲームでは、制限時間まぎわまでは複数人でいた方が有利だ」「俺はお前を信用することにする」一階まで降りてきた和雄はそう言い、自分の武器だというダイバーズナイフを地面に置いた。
 啓太も一人でいることに耐えられなくなってきたところだったので、この和雄の申し入れを受け入れたのだ。

 恐怖感はあった。
 あつらえ向きに宿直室があったので、もう少ししたら交代で休む予定になっていた。啓太は昨夜から休息らしい休息を取っていない。ベッドに身を沈めたら、深い眠りについてしまうような気がした。
 そしたら、安東は、僕の首筋にナイフをあてるんじゃないだろうか? 
 そう思うと啓太の膝は震える。

 でも、と啓太は思い直した。
 安東はこう言っていたじゃないか。「制限時間までは複数人でいた方が有利だ」ゲーム終了間際には、安東は戦いを挑んでくるかもしれない。だけど、それまでは。少なくとも明後日の夜までは、安東が襲ってくることはないと考えてもいいんじゃないかな……。
 安東はきっとまだゲームには乗ってないんだ。安全なんだ。
 そう、それに、もし戦いになっても銃を持っている僕の方が有利に違いない……。

 続々と死人が出ているこの状況、ひどく甘い判断だということは十分承知していたが、だからといってまだ何もされていないのに彼を襲う気にもなれなかった。
 死闘は続いている。
 正午放送で、6人の名前が呼ばれていた。新たに追加された禁止エリアは、13時からDの6、15時からIの4、17時からHの5だった。
 日ごろ親しくしていた生谷高志の名ものぼっており、啓太も一也同様、ショックを受けていた。
 そして、「一也……大丈夫かな」と、野崎一也のことを思う。
 高志と一也は幼馴染で、付き合いも長く深かった。高志の死の衝撃は、啓太の感じているものの比ではないだろう。
 と、啓太の顔がすっと青ざめた。
 一也が失意のあまり死を選んでいるところを思い描いてしまったのだ。
 いけない、こんな不吉なことを考えてはいけないと頭を振る。

「大丈夫か?」
 心配してくれたのか、安東が声を掛けてきた。
「うん、大丈夫」
 もっと、気を強く持たなきゃ。
 掠れた声を返し、啓太はぎゅっと拳を握った。
 
 

<残り23人/32人> 

□□  バトル×2 1TOP ご意見ご感想 更新お知らせ登録

 
バトル×2
矢田啓太 
野崎一也らと親しい。バスケットボール部。
 
安東和雄
生谷高志らを殺害。