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017
2011年10月01日12時すぎ |
<野崎一也>
正午すぎ、野崎一也は、東の集落のはずれにあるバス停にいた。
地面に両膝をつき、ベンチに手をかけて身体を支え、嗚咽を漏らす。
つい先ほど流れた定時放送に、幼馴染の生谷高志の名前があった。その衝撃は大きく、一也は立ち上がれないでいた。
悲しみに浸りながら、思う。
初めて自分が「変」だと思ったのは、いつのことだったか。
友達に見せてもらったヌード雑誌に何も感じなかったときだろうか? 若い教生に胸をときめかしたときだろうか?
とにかく、いつの頃からか、一也は自分のことを「変」だと感じていた。
同性愛者だったと認識するのは、それよりも少し後のことになる。
もちろん、同性愛に関する知識はあった。……まさか、自分がそうだとは思わなかっただけだった。自分と同性愛を結びつける発想自体がなかっただけだった。
だから、自身が同性愛者であったことに気がついたときは、大きな衝撃を受けた。自覚するには、痛みと時間が必要だった。
「まさか。まさか、俺がヘンタイだったなんて!」
あのとき感じた震えは、今も一也の身体に刻み込まれたままだ。
それから一也は、自分が同性愛者だという事実を、徐々に徐々に飼いならしていくこととなる。
誰かを好きになる。
ああ、これは誰にも言っちゃいけないことなんだと想いを抑え込む。
相手に気取られないよう、自然に振る舞う。
友達と女の子の話をする、性に関する話をする。
C組の北原って可愛くね? ……ああ、いいね。ああいう可愛い子は、俺も好きだなぁ。
兄貴にさ、エッチなビデオ貰ったんだ。……うそっ。今度、俺にも見せてよっ。
笑って、笑って。自然に、自然に。今の言動は「普通」か?
何か不自然なことを言ってはいないか?
バレちゃ駄目だ。バレたら最後だ。友達は誰も話し掛けてくれなくなる。ウワサの的になる。親は泣くかもしれない。 そんなことになったら、耐えられるだろうか? ああ、生まれてこなきゃよかった。
ああ……!
気を張り、偽り、負い目を感じ、擦り切れていく毎日。
そんな一也を救ってくれたのが、高志だった。
「一也、お前、最近変だぞ。どうかしたのか?」高志に聞かれたとき、一也は「ああ、やっぱり」と思ったものだ。
なにせ、生まれた時からほとんど一緒にいたのだ。また、高志はあれで勘のいい男だった。思い悩んでいた幼馴染に気が付かないはずがなかった。
声をかけられたときは、「いや、別に」と誤魔化しにもならない言葉で逃げた。
それから、たっぷり一ヶ月、話すかどうか悩み抜いた。
高志にこそ、知られたくなかった。高志にだけは、嫌われたくなかった。喧嘩ばかりしているけど、やっぱり大切な友人の、高志の見る目が変ってしまったら……。
そう思うと怖くてたまらなかった。
高志に蔑まれたら、本当の意味で最後だ。そう思った。
一ヵ月後、意を決し、「告白」したのだが、高志は軽く笑って「やっぱ、お前って変ってるわ」と言い、それ以降も変ることなく接してきてくれた。
きっと、気持ち悪さは感じていたのだと思う。
一緒にいる時間が長かっただけ、それだけ、高志とは「裸の付き合い」が多かった。
キャンプに行く、海に行く、互いの家に泊まりに行く。高志は、その一つ一つを思い出し、気持ち悪さを感じたに違いない。変わりなく接するには、相当の犠牲、努力を払ってくれたに違いない。
一也は思う。
高志は、一度も、俺を蔑まなかったか? 一度も、俺を気持ち悪がらなかったか?
そんなわけが、ない。
俺が同性愛者だと言うことがバレたとき。その累は高志にまで及ぶだろう。俺といつも一緒にいる高志までもが、「お仲間」だと誤解される可能性は高い。
高志がそれを恐れなかったか? いや、あいつだって、恐かったはずだ。
だけど、高志は変ることなく接してくれた。接しようと努めてくれた。
自らのセクシャリティに押しつぶされそうになっていた一也を救ってくれたのは、間違いなく高志だった。
気恥ずかしく、面と向かってお礼など言ったことはないが、一也は彼に深く感謝していたものだ。
しかし、その高志は、もうこの世にはいない。
正午放送で数人の死亡者が読み上げられたのだが、その中に高志の名前が入っていたのだ。呼ばれたのは、佐藤君枝、生谷高志、田中亜矢、加賀山陽平、田岡雄樹、尾田美智子の6人だった。
とくに説明はなかったのだが、男女や出席番号の順が不定であるところから考えると、おそらくは死亡順なのだろう。
高志と尾田美智子が同じ放送で呼ばれているわけだが、死亡順に間あった。
二人は別々の場所で死んだのだろうか。同時に誰かに襲われて、尾田が遅れて死んだんだろうか。
嗚咽とともに流れる疑問。
しかし、一也はそれらの疑問を振り払った。
こうしている間にも誰かに襲われるのではないかという心配。死への恐怖。鮫島学や矢田啓太の身を案じる心、こんな状況に追い込んだ政府への怒り。それぞれも振り払った。
今はただ、悲しみに浸っていたかった。
高志を亡くした悲しみだけを感じていたかった。
幼なじみだった。一番の親友だった。ずっと一緒にいると思っていた。
同じモノを好きになることが多かった(彼は同性愛者ではなかったけれど)。
照れくさくて、気持ちの深い部分を言い合うことなんてあまりなかったけれど、喧嘩もいっぱいしたけれど、肝心なところでは互いに頼りあった。
高志。死んだらどこに行くかなんて、俺にはわからない。
でも、きっと俺たちはまた同じ場所にたどり着くのだろう。
俺はいつ死ぬ?
もう少し。
もう少し、待っていてくれ。死ぬ前に、絶対、お前をこの世から消した政府に、一撃を食らわしてやるから……。
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野崎一也
同性愛者であることを隠している。
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