OBR1 −変化− 元版


010  2011年10月01日05時すぎ


<坂持国生> 


 身体と身体の勝負じゃ、敵うわけがない。
 国生は、自分の不利を見て取った。
 とりあえず銃は落とさせた。だけど、身長にして2、30センチ、体重にして30キロ以上の違いはどうしようもない。かたや健康優良児(タバコや酒でだいぶん悪くしてそうだけど)、かたやナマッチロイ病弱男。
 と、悠一郎が制服のポケットから折りたたみナイフを取り出し、ナイフの刃を起こした。

 げ、爪に刃物がついてきたよ。ますます絶望的だ。
 ああ、短い俺の人生、たったの15年。やっとのことでクソババァから逃れた。
 これまでは過保護の極まりで運動もロクにさせてもらえなかったけれど、今は伯母の家からスイミングスクールに通わせて貰っている。
 少しずつだけど、身体も丈夫になってきている(ような気がする)。
 とあるきっかけで「人生の目標」も見つけた。
 香川での死んだような人生から、やっとのことで逃げ出すことが出来、人生を掴み始めている自分を感じていた。
 なのに、それなのに、それなのに、俺の人生ってこれで終わり……?

 そう思った瞬間のこと、悠一郎が身体を曲げ血を吐いた。
 さっきの一撃が効いたんだ!
 その隙を狙い国生は悠一郎に掴みかかった。後ろに回り、羽交い絞めに。逃げようとは思わなかった。逃げたって国生の足ではすぐに追いつかれてしまう。
「戦うしかないんだ!」決意を固める。
 これに、悠一郎は両腕を振り回し対抗してきた。右手に持った折りたたみナイフの刃によって、国生の痩せこけた身体に次々と傷がつく。
「つっ」
 痛みに、絞めいていた腕を緩めてしまった。
 ここで身体の自由を得た悠一郎が、あざけた笑みを浮かべ、折りたたみナイフを両手に持ち替えるやいなや振り下ろしてきた。

 このとき退いていたら、命はなかっただろう。
 しかし、国生は退かなかった。
 何かを感じ取ったわけではなかった。ただ、敵に背を向けて死ぬのが嫌だっただけだ。
 だから、悠一郎の懐に飛び込んだ。
 結果としては、この行動が国生の命を救ったことになる。

 勢いそのままに、国生の額が悠一郎のあごに当たったのだ。
 この時、国生は生まれて初めて自分の身長が低かったことに感謝した。身長差がなければ違う形で衝突していたに違いない。
 追突の衝撃で、目の前にチカチカと星が舞った。
 しかし、悠一郎のダメージはもっと大きかったようだ。
 声にならないうめき声をあげ、悠一郎が倒れた。その拍子に、ナイフの刃が国生の肩口をざくりと切り裂く。
「ぎっ」
 ここで退いてもいけない。
 国生は倒れた悠一郎の上にのしかかると、折りたたみナイフを奪い取り、その腹めがけてナイフを振り下ろした。そして、ナイフが肉を切り裂く音、その感触。気持ち悪かった、背筋に冷たいものが走った。

 折りたたみナイフの一撃ごときが致命傷になるとは、思えない。
 ……チクショウ! やってやる! やってやるよ!
 心の中で叫び声を上げながら、国生は何回もナイフを振り下ろし続けた。
 悠一郎の身体から暗く濁った血が噴出し、自分の身体に悪趣味なペイントを施すのも気にせずに、国生はナイフを振り下ろし続けた。
 そして。「なんで、てめぇ、なんざに……」最期の言葉を残し、悠一郎は動かなくなった。

「勝った……?」
 つぶやく。
「ほんとに?」
 本当に自分が勝ったのか、本当に自分が人を殺したのか、信じられなかった。信じられなかったから、悠一郎の頬に手を置き確かめた。その頬はまだ温かい。だけど、何かが決定的に失われていた。
 ああ、自分は人を殺したんだと、否が応にも自覚させられた。

 ヒヨワな自分にしてはよくやった。不良グループのリーダー相手に、奇跡的とも言える勝利だった。
 おそらく悠一郎は自分を侮ったのだろう。「ネズミごとき、楽勝だ」そう思い、油断したのだろう。
 窮鼠はネコを噛むことを悠一郎は知らなかったに違いない。
 人を殺したという事実は重く、素直な気持ちで勝利を喜ぶことは出来なかったが、「とにかく、勝った。助かったんだ」国生は深く深く息をついた。



 たっぷり20分は、息を乱していただろうか。
 国生は地面に膝を付いた。そのかたわらには、血の海の中の楠悠一郎。
 彼の返り血で血まみれになった制服の上着を脱ぎ、傷の具合を確かめ、ほっと息をつく。 上着の布生地が守ってくれたらしく出血の割に傷は浅かったが、問題は出血の方だ。国生は貧血症で、今も目の前がクラクラしていた。
 ……まぁ、出血のせいか先程の「バトル」のせいかは分からないけどね。ああほんと、我ながらヒヨワ。

 とにかく、ここから離れよう、国生は思った。
 今の戦いで何度も銃声がたった。近くにいる者には聞かれたに違いない(一也が聞いた銃音がこれだった)。
 やる気になった別の誰かにまた襲われでもしたら、ひとたまりもない。ものの5秒で俺殺されてしまうだろう。
 もともと体力のなさには自信がある(もっと別なことに自信を持ちたいものだけど)。先ほどの戦いで、なけなしの体力は使い切ってしまっていた。
 国生はよろよろと立ち上がった。
 先ほど悠一郎を刺した折りたたみナイフは置いて行くことにした。
 悠一郎の怨念が篭っていそうで、気持ち悪かったからだ。

 思いついて、漁具倉庫の入り口に置いてあった悠一郎のディパックの中身をさらす。
 ほとんど空になった乾パンの缶、半分ほどに減ったミネラルウォーターの2リットルボトル。首から下げることができる、地図やコンパスの入ったビニール製のパスケース。
 そして、もともと修学旅行に持ってきていたバックの中身で必要なものだけを政府支給のディパックの方に移していたのだろう、私物らしい着替えやタオル、タバコにライターという雑多な物が入っていた。
 そして、何かの空箱。
 国生は、悠一郎のディパックから、その箱を取り出した。説明書らしい紙片も入っており「きみは悪魔にも天使にもなれる!」とあった。
 国生は眉を寄せ、説明書を読み始めた。
「これは……」
こんなものがあるのか? どこに?
 バックの中身を全部外に出して見るが、目当てのものが出てこない。
 ……そうか。
 立ち上がり、悠一郎の死体のそばに寄ると、悠一郎の身体をさぐりはじめる。

 彼の制服のポケットから出てきたのは、学生手帳ほどの大きさのスチール製の機械だった。説明書を読みながら、電源スイッチを入れると、ブンッと鈍い音がして、液晶スクリーンが立ち上がった。
 黒地にポツンポツンと明かりが二つ点滅する。
 一つの明かりは赤っぽく、もう一つの明かりは青っぽかった。
 説明書を信じるのならば、赤青の明かりは、それぞれリタイアした者(赤)とまだ生きている者(青)を表しているという。
 おそらくこの首輪から出る信号をキャッチする仕組みなのだろう。

 寸借は最小10メートル四方から最大50メートル四方までしかないが、充分すぎるほどの機能だった。
 たしかにそう、「悪魔にも天使にもなれる」。
 差し詰め、楠悠一郎は悪魔になったのだろう。
 このゲームにおいて、乗っている乗っていないに関わらず、他の生徒の位置を事前に掴むことができるのは途方もないほどのアドバンテージだった。
 国生は先ほど悠一郎が正確に自分の隠れる位置をつかめたのか疑問だったのだが、これで謎は解けた。
 折りたたみナイフ、この探知機。
 折りたたみナイフには、見覚えがあった。悠一郎の私物だ。探知機が彼の支給武器だろう。

 いつまでもここにいては危険だ。国生はゆっくりと立ち上がった。同時にクラクラと眩暈がする。
 自分の身体の弱さが恨めしかった。
 しかし、そう。
 目的が明確になった。
このプログラム開始以来、国生がおぼろげには考えていたこと。探知機を入手したことで、その考えを行動に起こしやすくなった。
だが、危険性ももちろんぐんと上がる。
 このゲームで出来るだけ長く生き延びる方法は、とにかく「動かない」ことだ。
 動けば動くだけ危険性は増す。
 俺がこれからする事は、一種矛盾に満ちた行為に違いない。これまで抱いていた「人生の目的」からもずれている。
 だけど、だけど……。
 迷いを断ち切ると、国生は注意深くあたりを見渡しながら歩き始めた。

 

<楠悠一郎死亡、残り29人/32人>

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