<野崎一也>
「わ、また負けた」
ゲーム機のコントローラーを放り投げ、野崎一也は伸びをした。
華奢な中背、切れ上がり気味の瞳、黒髪のミディアムヘア。長めの前髪を自然に流している。
「まだまだだね」
にやりと笑ったのは、生谷高志だ。
丸顔、童顔で、小柄な体躯も相まって同じ中学三年生には見えない。
一也はスウェットにパーカーという部屋着だったが、高志は茶色地のブレザーの学校制服姿だった。毛先を整髪料であちこち跳ねさせている。
健康的で活動的な雰囲気。
一也と同じ兵庫県神戸市立第五中学校三年B組のクラスに所属しており、幼馴染でもある。
放課後そのまま一也の部屋に遊びに来るのも、いつものことだった。
一也のベッドに寝そべって携帯電話をいじっているのは、鮫島学だ。少し茶の入ったベリーショート。細身フレームの眼鏡をかけた、理知的な佇まいだ。実際成績もよく、クラス委員を務めている。
一也の両親は、ともに教師をしている。
事の是非はともかくとして、一人っ子の一也はなかなかに広い部屋を与えられていた。
両親ともに忙しく、家には一也一人になりがちだ。一也の部屋に仲間が集まるのも、自然な流れだった。
「啓太郎は?」
高志に訊かれ、「部活」答える。
「あれ、まだ引退してないのか」
「コーチだってさ」
「コーチ?」
「後輩のコーチ。練習試合の審判もするって言ってたよ」
言葉足らずだった一也の説明を、床で腕立てをしていた坂持国生が補足してくれる。
小柄で華奢な体躯。身体が弱く、青白い肌をしている。
貧弱な身体を気にして、暇さえあればトレーニングをしている。スイミングスクールにも通っているそうだ。
矢田啓太郎
は、バスケットボール部に所属している。9月も終わり、通常はもう引退している時期だが、後輩の指導にあたっているようだ。
「相変わらずのオヒトヨシだねぇ」
高志が肩をすくめる。『オヒトヨシ』は、啓太郎のあだ名だ。
おっとりとした面倒見のいい性格を表しており、もちろん否定的なニュアンスはない。
みな、同じクラスだ。日頃は、啓太郎を入れた五人で一緒にいることが多かった。
「何見てんの?」
高志が学の携帯電話を覗き込み、「また、こんなの見てぇ」顔をしかめる。
「ん?」
近づくと、ベッドから起き上がった学が携帯電話を無言で見せてくる。
ニュースサイトだった。
タイトルには『プログラム中の生徒が実況中継!』とある。記事のトップに誰かが投稿した外部URLが貼られており、学が携帯電話を操作すると別画面になった。
URL先は動画だった。
学が外部音声に切り替えると、ざっざと足音がし、暗闇を懐中電灯らしき光が切り裂いていく。
どうやらうっそうとした森の中
のようだ。「9月29日、午後8時……」少年と思しき声がする。
現在プログラム中で、携帯電話の動画撮影機能を用いているそうだ。
声はか細く、震えていた。
「リアルタイム?」
訊くと、「そう見せかけたネタかもしれないけどな。本物だとしたら……馬鹿だな」学が切って捨てる。
やがて、何かの爆発音とともに画面が激しく揺れた。
携帯電話が地面に落ちたらしい。
「ほら、死んだ。首輪を爆破されたんだ」
学が冷たく言い放ってくる。
他人を突き放すような物言いや思考が彼の特徴だ。
彼とは三年になってからの付き合いで、最初は戸惑ったものだ。まぁ、合理的で理知的なだけで、本人に悪気はないのだが。
「坂持、それぐらいでやめとけ」
学がトレーニングを再開しようとした国生を止める。
国生は体力筋力に乏しいことがコンプレックスらしいが、心臓に疾患があり、無理のできない身体だ。
「医師から指示された運動量以上はやめておけ。貧相な身体が気になるのは理解できるが、お前は頭脳労働者を目指すべきだ。男性的な魅力は諦めろ」
国生の体を気遣ってはくれているのだろう。……言葉のチョイスには多分に難はあるのだが。
「オブラートに包むって言葉、知ってる?」
国生も、苦笑しながら返す。いつものことだ。特に気を悪くした様子はない。
撮影は続いており、地面にとろっとした赤いものが広がっていく。死んだ彼の血だ。
プログラム。
大東亜共和国で1947年から80年以上続いている戦闘実験プログラムだ。
毎年、全国の中学3年生クラスから一定数を選んで実施、各種の統計を重ねている。
その実験の内容は単純なもので、各学級内で生徒同士を戦わせ、最後の一人を優勝者とする。その際に各種のデータを取り、取られたデータは後の対外国戦略プログラムの基礎となる。
ただ、戦略上必要なデータ取りとされているプログラムのその実がただの殺人ゲームであることは、周知の事実だった。
この悪趣味極まりないプログラムが施行された当初には相当な反発があったらしい。だが、国家反逆罪の適用を受け、ことごとく殲滅させられていた。
今では、表立ってプログラムに反意を唱える政党、勢力はなくなっている。
もちろん、当の中学三年生ら、その親たちにしてみれば、気にかからないはずがない。
ただ、年間実施数は多くなく、プログラムに当たる確率は相当に低かった。プログラムは対岸の火事のようなものだった。
一也や高志は、縁起でもないのであまり考えないようにしていたが、学は気にかけているようだった。
よくプログラム関連のニュースやサイトを見ている。
「あれって、本物なの?」
時折、プログラム中だという書きこみや撮影された映像がネットを騒がすことがあるが、その真偽は定かではなかった。
「どうだろうな……。恐怖心をあおるために、統治しやすくするために、政府が作った偽物って可能性もある」
やや固い話し口が彼の特徴だ。
学によるとプログラム参加選手らの遭遇、戦闘を推進するシステムに、禁止エリアと爆弾が内蔵された首輪があるそうだ。随時増えていく禁止エリアに足を踏み込んだ選手の首輪が爆破される仕組みだ。
問題行動を起こした選手も遠隔操作で排除される。
外部通信もその一つとされていた。
確かに、この動画も政府のアピールかもしれない。
本来、外部通信そのものを遮断したいのだろうし、実際にプログラム会場から外部への通信は妨害されている。
しかし、機器や回線、技術の高度化、多様化により、全てを始めから弾くのは難しいようだ。
ただし常時追跡はされ、先ほどの動画のように違反者として処罰を受けることになるので、外部に助けを求めたところで、選手を待つのは死だ。
と、気づいたことがあった。
「あれ、この携帯……」
学の携帯電話は、スマートフォンだ。
彼はもともとこのタイプの携帯電話を使っていたが、型が違うように見える。いつの間に買い替えたのか。
これに学は、顔の前に人差し指を立て「しっ」黙るように指示してきた。
続く、いたずらっ子のような笑み。
「また捕まるよ」
苦笑いを返す。
外国製品……敵性国家の製品なのだろう。
大東亜共和国は準鎖国状態で、海外製品の入手は困難だ。しかし最近、本当に最近のことだが、流通し始めていた。
それには、大東亜共和国の経済状況が関係している。
いつからか始まった不況は終わりをみせず、2011年現在、我らが大東亜共和国の行く道は混迷に混迷を極めていた
昔は栄華していたらしい経済が傾いた原因は明白だ。
長く続く準鎖国政策。もちろん、必要な海外情報は取り入れ産業振興に役立てては来たらしい。
しかし、万時にオープンな諸外国との差はしだいにつき始め、勤勉で従順な労働力を抱えていたはずのこの国の経済は、凋落に向かっている。
政府も手を拱
いているわけではないので、徐々にだが鎖国政策が解かれつつあった。
しかしやはり、敵性国家の製品は基本的に制限されているし、その一方で嗜好品の規制が強まってもいる。
学の携帯電話も処罰相当の品に違いなかった。
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