OBR1 −変化− 元版


013  2011年10月01日08時すぎ


<野崎一也> 


 一瞬、空気が膨張したように感じた。何事かと息を呑む暇もなく、閃光とともに大きな爆発音が角島を覆った。
「なっ」
 野崎一也 はびくりと肩をあげ、音がした方角を見た。
 北西の空が少し赤くなっている。地図を見ると、北の集落がある方向だった。今までに何度か銃声を聞いているが、これほど大きな音は初めてだった。 
 手榴弾……爆弾か?
 そんな強力なものも支給されているのかと、胴震いをする。

 午前6時の定時放送で呼ばれたのは、香川しのぶ(木田ミノルが殺害)、和田みどり、楠悠一郎(坂持国生を襲うが返り討ち)の三人だった。
 みどりの死は見届けた。
 ほかの二人が死んだ理由は分からなかった。
 しのぶは大人しい質だった。しのぶは悲観して自殺したのかもしれないが、不良グループのリーダーだった楠が自殺するとは思えなかった。おそらくは誰かに殺されたのだろう。
 楠がこの段階で脱落するとは思っていなかったので、意外に感じた。
 体格的にも性格的にも優勝候補だと思っていたのだが……。
 
 一也が今いるのは、島の東岸近くにある神社だった。エリアとしてはHの9になる。神社は放置されてから時間が長くたっているらしく、半ば朽ち果てており、本舎の建物からは腐った木の匂いがした。境内の自然石に腰掛、ふっと息をつく。
 緊張に晒されているせいか、まだ疲労や眠気は感じなかったが、緊張の糸が切れた瞬間どっと来そうで怖かった。休めるときには休んでおいた方がいいだろう。
 ただ、死亡者リストと同時に発表された追加禁止エリアは、午前7時からGの2、9時からH8、11時からB4で、9時から追加されるエリアが、この隣だった。
 島の土地に直接線が引いてあるわけでもないので、何かの弾みで引っかかってしまう危険があったし、単純に気味が悪かったので、もう少ししたら移動しようと考えていた。
 はじめにいた西の浜から反対側の岸にまで来ており、かなり動いている。
 それは、あのまま浜にいると死んだ和田みどりのことを思い出してならないからだった。
 海へと自ら歩を進め、死んだ彼女。
 高志のことが好きだったと言った彼女。
 彼女は最期に、「そんな顔しないでよ、もっと情けなくなっちゃう」と言った。
 友人の尾田美智子にアタックする高志を間近で見ながらも平気な顔を保っていた彼女は、凛々しく気高かったが、苦しんでもいたのだろう。

 彼女を救えたのではないかという思いを拭うことができない。
 おそらく、どう言い繕っても彼女の死を止めることはできなかった。この状況下、きれいな身体のまま、誰とも争わずに死にたいと考えた彼女には同調する部分もある。
 ドラマに出てくる熱血ヒーローよろしく彼女の死を止める気持ちにはなれなかった。
 しかし、彼女が死ぬ前に彼女の心を救うことはできたはずだった。
 自分が啓太を好いていたことを、自分も辛い恋をしていたことを明かせば、決して自分だけじゃなかったということを知らせてあげれば……。
 あんな場面でもカミングアウトの重圧に負けた自分を一也は呪い、自己嫌悪に陥っていた。
 


 風に乗ってきたのだろう、西のほうから焦げ臭い火薬の匂いが漂ってきた。
 かなりの距離があるはずなのに、はっきりと閃光が見えた。被害にあった者の命はないと見ていいだろう。
 高志、啓太、サメ……。
 小刻みに震えながら友人たちの名を心の中で呼び、彼らの身を案じる。
 まだ高志たちの名前は呼ばれていない。何としても合流したかった。無事を確認したかった(高志が死んだことを一也はしらない)。彼らも同じように思ってくれているに違いない。
 ……いや。
 目を伏せ、敷き詰められた砂利を蹴った。支給武器のコンバット・マグナムを握る手にじんわりと汗が滲む。
 啓太は、もしかしたら会いたくないと思っているのかもしれない。
 同性愛者だと告白してきた、よりにもよって自分を好きだと言った男などとは、会いたくないと思っているのかもしれない。
 だけど、会いたかった。
 自分中心な考えだが、彼に会って、確かめたかった。啓太に会い、受け入れてくれるのか、友人として受け入れてくれるのか聞きたかった。

 そして、その想いが、自分の生きる力になっていることに、みどりのように自らの命に幕を引けない理由になっていることに、一也は気がついていた。
 会って、確かめたい。
 啓太が、こんな俺を許してくれるのか、確かめたい。
 身体に血が巡る感触。
 生きている、と思った。
 俺は、まだ、生きている。


 と、遠目に人影が見え、身体を強張らせる。
「あれは……」
 この神社は緑に包まれた丘の上にあるのだが、境内へとあがる階段の下に、一人の男子生徒の姿を見下ろせた。制服姿だが、上着が脱がれ、白いカッターシャツが朝陽に映えている。スポーツバックをを肩掛けし、オートマチック拳銃を大きくして後ろをぐっと延ばしたような銃身の銃を持っている。 
 黒く艶のある髪、細面、一也よりも少し背の高い中背。それは、安東和雄だった。
 あちらも気がついたようだった。境内の上を凝視している。
 どこか疲れたような表情。血の気が引き、青ざめている。
 数十秒、そのまま睨み合いを続けたが、安東はやがてぷいと顔を背け、どこかに立ち去って行った。

 仲間内では安東とキャラクターが近い鮫島学がそれなりに親しくしていたようだが、一也自身はあまり交流を持ったことが無かった。
 安東はあまり自分語りをするタイプではなかったので、彼のことはほとんど知らないが、どこかの施設の出である話は聞いたことがある。施設云々は、このご時世とくに珍しい話ではない。クラスでは確か、不良グループの木田ミノル(香川しのぶを刺殺)なども施設で暮らしているはずだった。
 問題は彼がゲームに積極的に乗っているか否かだが、正直なところ分からない。
 立ち去ったのは、乗っていたとしても、距離がありすぎると判断されたのか、それとも迂回して襲ってくるつもりなのか……。
 とにかく、即この場を移動する必要はあった。
 慌てて荷物を詰め込み、立ち上がる。
 境内の内木に止まった小鳥がちちちと鳴き、飛び立って行った。
 


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